『ベールを脱いだ日本古代史』にツッコミ!(その3)
※当記事は(その1)(その2)からの続き



 当記事では、(その2)に引き続き、超古代話にツッコミを入れて行きたい。

<P.122>
 ところで、1万2千年ほど前までアトランティスなどの超古代文明が世界各地にあったとして、その痕跡がまったく見つからないのはどうしてだろうか。
 本当は見つかっているのに、そういう目で見ないからわからないだけかもしれない。
 たとえば、バシャールによれば、既に見つかっているいくつかの遺跡が超古代のものである。
 たとえば、
マチュピチュテノチティトラン(メキシコシティの地下に眠る古代の都市)は1万2千年前の隕石落下を予知した人たちによって作られた避難施設だし、トルコのカッパドキアは核シェルターである。パキスタンのハラッパーとモヘンジョダロは古代の核戦争で廃墟となった都市の跡である。

(※管理人注)青字にしたのは管理人(以下同様)。
 超古代文明の遺跡として、複数のものが上げられているが一つずつチェックして行こう。

 まず、マチュピチュは、アンデス山脈の標高2430mの箇所にある15世紀のインカ帝国の遺跡である。15世紀の遺跡なのだから、どうあがいても、1万2千年前までさかのぼれそうにない。

 次に、テノチティトランは、アステカ帝国の首都だった場所で、テスココ湖の島上に建設された都市である。16世紀初頭にスペイン人によって征服された後、その都市の上に現在のメキシコ・シティが建設された。
 アステカ人がテノチティトランにやってきて都市を建設したのは、1325年(または1345年)のことで、やはり、こちらも1万2千年前までさかのぼれそうにない。

 続いて、トルコのカッパドキアは、岩を掘って作られた地下都市が有名である。おそらく、これを坂本様は「核シェルター」だと考えているのだろう。
 しかし、この地下都市は、古代ローマ時代にギリシア人のキリスト教徒によって建設されたものであり、当然ながら、超古代の遺跡でも無ければ「核シェルター」でもない。
 当時、ローマ帝国ではキリスト教の弾圧が行われていた為、それを逃れた人々が、加工しやすい凝灰岩の山を掘りぬいて住居にしたのが始まりであり、その後、7世紀以降にはイスラム教徒から身を守るためにも使われた。
 ちなみに、この地下都市は、1985年に、ユネスコの世界遺産に「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石遺跡群」として登録された。

 最後に、インダス文明の都市として有名なハラッパーモヘンジョダロである。ハラッパーは、紀元前3300年から1700年頃、一方、モヘンジョダロは紀元前2500年から1800年頃の遺跡であるとされる。当たり前であるが、超古代の遺跡でもなければ、核戦争で廃墟になったワケでもない。

 『謎解き超常現象U』(ASIOS/彩図社)によると、両遺跡が「核戦争の廃墟である」などという与太話が広がった発端は、イギリス人のデヴィッド・W・ダヴェンポートとイタリア人のエットーレ・ヴィンセンティのようである。

 両名はモヘンジョダロを探査していた際、現地人から
「ガラスになった町」のことを聞かされたそうで、その場所は半径400mほどの平原で、大地はガラス状の鉱物で覆われていたらしい。また、その鉱物はトリニタイトという物質で、核実験場の爆心地からしか見つかったことのないものだったそうである。
 しかし、この「ガラスになった町」を見たというのはこの2人だけで、彼らはその正確な場所は決して明らかにしようとしなかった。

 当然ながら、そのような平原など存在せず、ただのホラ話である。

 なお、モヘンジョダロでは、火に焼けた遺物が発掘されるのも確かであり、それが、「核戦争の廃墟である」との説の根拠の一つになっているようである。しかし、それは、モヘンジョダロが洪水や火災にみまわれては再建を繰り返した結果であり、火に焼けた遺物が出るのも当然なのである。
<参考>
○Wikipedia「マチュ・ピチュ
○Wikipedia「テノチティトラン
○Wikipedia「アステカ
○Wikipedia「ギョレメ国立公園
○『謎解き超常現象U』 (ASIOS/彩図社)
 以上、(その2)の超古代の話といい、上記の超古代文明の痕跡の話といい、バシャール様の話はデタラメばかりである。

 というか、
どうやら、バシャール様は、地球のオカルト系のトンデモ本を好んで読んでおり、その影響を受けているようだ(笑)。

 例えば、1983年に発売された『人類は一度核戦争で滅んだ』(橋川卓也/学研(ムースーパーミステリーブックス))では、モヘンジョダロやカッパドキアを古代核戦争の痕跡だとしている。

 また、(その2)で紹介したゼカリア・シッチン氏は、『神と人類の古代核戦争(上・下)』(学研(ムースーパーミステリーブックス)/1995年)の中で、シュメールなどの神話の中に核戦争が描かれているとしている。

 バシャール様も、このような本を読んで影響を受けたのだろう。


 続いて、超古代の遺跡が上記以外に見つからない理由の一つとして挙げられているものを見てみよう。
<P.123-124>
 超古代の遺跡がみつからないもうひとつの理由がある。
 それは
今我々が住んでいる世界とムーなどの超古代の世界が、実は違う世界だということである。
 バシャールによるとすべての生命体には振動数があり、振動数の値がその生命体の進化の度合いを表している。そして各自は自分の振動数に一致する世界に生きている。
 今の人類はだいたい7万6千〜8万ヘルツの振動数を持ち、おおむね似たり寄ったりの世界を体験している。
 ところが数十万年前のムーの時代の人たちの振動数は平均17万〜18万ヘルツであり、3万年ほど前の初期のアトランティスの人たちは14万〜15万ヘルツである。時代が今に近づくにつれて振動数は下がってきているが、今よりもずっと高い振動数を持っていた。
 ムーの人たちの生きていた世界は彼らの高い振動数に対応する世界である。高い振動数の地球である。
 ということは、
我々が今住んでいる低い振動数の地球の過去にはムー人は住んでいなかったことになる。だから、彼らの遺跡が、我々の住む地球にはないのは当然だと言える
 それに対して、我々の低い振動数の地球は当時、旧石器時代だった。だから旧石器の遺跡が今見つかるのだ。
 どうやら、「今我々が住んでいる世界とムーなどの超古代の世界が、実は違う世界」であるらしく、「我々が今住んでいる低い振動数の地球の過去にはムー人は住んでいなかった」ので、「彼らの遺跡が、我々の住む地球にはないのは当然」なのらしい。

 
は、はあ。。。 いろんな言い訳を考えますなぁ。

 果たして、世界の移行が突然なのか、緩やかなのかは不明だが、ムーの生き残り達は、ある一定の時期に、別世界に「次元上昇」ならぬ、「次元下降」したようである。

 しかも、「旧石器時代」へと移行したらしい。今まで自分の使っていた家や服、道具等が全て無くなり、さぞかし苦労したことであろう。

 でも、上述のように、核戦争は出来たんですよねぇ? 不思議だなぁ。ゼロから再び文明を築き直したということだろうか??

 そして、
<P.124> 上記からの続き
 今から1万2千年前のアトランティス最後の時代には、人々の振動数は相当下がっていたので、それは今の地球にそのままつながっている。だから、マチュピチュやカッパドキアなど当時の遺跡はそのまま残っているわけである。
 アトランティスが滅んだ1万2千年前は、既に「次元下降」した後のようで、当時のアトランティスの遺跡は残っているそうだ。

 なんか、無理やり辻褄合わせをしようとしているとしか思えないのだが。。。





 以上、(その2)に引き継き、トンデモ本の影響を受け、それに多少の上乗せ・変更を追加した程度の内容。

 まあ、坂本様自身は、巷のトンデモ本と同様の内容を、高次の生命体から再度聞かされることによって、裏付けが取れたつもりになり、さらに確信を深めているというところか。


 さて、(その4)では、いよいよ、日本の古代史の登場である。




2012.7.10新規

なるほど、ムーは別世界にあったんだナ。てか、別世界は別世界でも、坂本様の妄想世界ダロ。