大切な人がインチキ宗教にハマったら(その2)

 ※当記事は(その1)からの続き



3.具体的対応策・注意点等

 次に、インチキ宗教にハマった相手に対して、気づきをもたらす為の具体策・注意点等について記載して行きたい。

   なお、ここで記載する具体策は、あくまで一つの案であるので、参考にとどめ、相手の性格、妄信の度合、ハマっている宗教の危険性などを勘案しながら、臨機応変に対応してもらいたい。


(1).その宗教に関する情報を収集し、理論武装をしておく

 相手がインチキ宗教にハマったことを知った時、当然ながら、まず、第一にすべきことは、その宗教に関する情報を収集することである。

 その理由の一つは、その宗教の危険度によって、対応の緊急度が変わって来るからである。

 その宗教が世間で「危険なカルト」と認識されているようなものであれば、自分や家族などといった素人だけで悩んでいるよりも、専門家に相談した方がよいだろう。

 一方、言っていることがデタラメなだけで、書籍を出したり、講演会を開いている程度であるのなら、そんなに慌てずに対応していけばよいだろう。


 また、あなた自身がその宗教について、何がどうデタラメで、また、何故、デタラメだと言い切れるか等、きちんと理解し、説明できるよう理論武装をしておくことも大切である。

 それは、相手を気づきへと導くのに役立つことになるからである。



(2).客観的な否定情報を提供するのは、タイミングを見計らう

 (1)で情報収集をし、あなたは、該当の宗教について、如何にインチキであるかを示す情報の数々を入手したことだろう。

 そして、その入手した情報をもとに、その宗教がデタラメでインチキであることを相手に説明し、説得しようとすることだろう。また、手っ取り早く、あなたがそのような情報を入手したHPを相手に見せるかも知れない。


 しかし、いきなりこのようなことをするのは、相手の性格や盲信度合にもよるが、
多くの場合、あまり意味がない

 もし、相手が客観的に物事を考えることが出来る人間であれば、その情報を伝えれば、それで終了になるだろう。

 しかし、客観的に物事を考えることが出来る人は、自分の判断を過信しないものである。よって、入信する前に、他の意見を見てみようとし、結果、あなたが得たような情報を事前に得て、入信前に気づいてしまうだろう。


 問題は、客観的に物事を考えることが
出来ない人であり、程度の差こそあれ、大抵の人はこちらの範疇に属する。
 そして、相手は、客観的・論理的にその宗教が正しいと考えているのではなく(本人はそう考えていると思い込んでいるのだが)、単に、
「正しいと思っていたい」だけである。

 そのような相手に対して、
客観的・論理的にその宗教がインチキであることを説明しても、それは相手の「正しいと思っていたい」という欲を妨害するだけで、不快な情報に過ぎない

 そして、自分が信じている宗教を(つまりは、自分の人格を)否定するような圧倒的な情報に対しては、
思考を停止して防御し、「説明を理解することを拒否する」ということも良くあることである。

 相手には、自分の宗教(=人格)を否定する心の準備が出来ていないので、いきなり、そのような情報を与えても拒絶されるだけなのである。(その拒絶は、上記のような思考停止の場合もあるし、ワケの分からない反論をしてくる場合もある)

 結果、せっかくの説明・説得作業は無駄なものとなる。


 しかし、このような「糠に釘」、「のれんに腕押し」な状況はまだマシなケースである。

 特に、客観とは正反対で、「○○であったら良い」、「○○があって欲しい」がそのまま結論となってしまう、主観的願望や己の欲、エゴで物事を考える人はやっかいである。

 例えば、次のような人はこのタイプであると言える。
○自分の主義・主張と同じことを主張する政治家を、単純に、「素晴らしい政治家だ」と褒め称える。
○自分の主義・主張に少しでも反する主張をする政治家に対しては、「腐ってる」と批判する。
○自分が支持している政治家に関する否定的な新聞記事を見たら、「偏向している」、「デタラメだ」と安易に否定する。
 要は、自分が正しいと思っていることは絶対に正しいのであり、よって、自分と同じ考えの人は正しい。一方で、少しでも違っていれば誤りだと否定する。また、自分が正しいと思っていることを少しでも否定したり、それに反する情報を提供するような相手は敵であり、それに対しては、ろくな根拠もなく全否定したり、時には攻撃したりするような人である。


 そして、当然ながら、あなたがこのようなタイプに、いかに客観的・論理的に、その宗教がインチキであることを論証しようが、相手は、全く受け付けない。それどころか、逆ギレし、声を荒げて反発してくることだろう。

 このタイプにとって、そのような情報は、自分の以下のような主観的願望に反する不快な情報でしかなく、結果、(その1)で説明した「頭ごなしに否定すること」と同じ効果しかもたらさないことになる。
○自分がこの宗教を本モノだと思った判断を、間違いだと思いたくない。
○自分が信じている教祖様を、本モノだと思っていたい。
○自分は神の道を歩んでいると思っていたい。
○自分は神の側、正義の側にいると思っていたい。
 特に宗教の場合、(その1)でも述べた通り、もはや自分の人格とイコールになっているケースが多いので、このような自己中心的な特徴が顕著に現れることになったり、また、宗教以外では穏やかな人が、突然、このタイプに変わってしまったりすることがあるので注意が必要である。

 ただし、このようなタイプであっても、自分の宗教を否定する情報を欲する時がある。

 それは、例えば、自分の中でその宗教に対する疑念がどんどん広がっているような時、また、信者でいることに飽きてきた時、疲れて来た時等である。

 そのような時は、上記のような主観的願望が揺らいでいる時でもあり、そこに、その宗教を否定する客観的・論理的な情報を提示すると、「ああ、やっぱり、オレのこの疑念は正しいんだ」と喜んだり、また、その疲れから逃げ出すことを正当化できたと喜んで受け入れるようになる。

 結局は、主観的願望に従って考え、行動しているに過ぎないのだが、「信者をやめさせる」という目的を果たすには効果的である。
<参考>このような主観的願望、つまりは、欲やエゴに従って物事を考える人の思考パターンについては以下の記事を参照
○記事「目の中の梁 〜『欲』によって、自らの目を曇らせる人達
○記事「人はどのようにして盲信・狂信に至るか(その5)」 4.<まとめのまとめ>「客観的事実」と「主観的願望」

 以上のように、その宗教を否定する客観的・論理的な情報を提示するにはタイミングが重要である。そして、そのタイミングは、相手の特質、及び、相手の状況を見極めながら、判断していくしかない。



(3).相手と、その宗教に関する話を出来るポジションにつく

 (1)の情報収集と同時になすべきことは、相手と、その宗教に関する話を出来るポジションにつくことである。

 相手と、その宗教に関する話が出来なければ、相手がどの程度、その宗教にのめり込んでいるのか、また、その宗教でどのようなことをしているのか等といった情報がつかめないからである。

 おそらく、これは、そう難しくないはずである。(それまでの相手との関係にもよるが)

 誰でも、自分が夢中になっているものについて、「○○は□□でほんと、すばらしい」、「今日は○○でこんなことがあった」等々、そういう話を聞いてくれ、かつ、盛り上がることの出来る相手を欲しているものである。よって、自分がその相手になれることを示してあげれば良いだけである。

 また、宗教にのめり込んでいるという後ろめたさから、相手から話して来ない場合は、「あなた、最近、○○にハマってるようだけど、そこは、大丈夫なの?」と、<あなたのことだから、大丈夫だと思うけど・・・>という雰囲気を言外にかもし出しつつ、少し冗談めかした感じで自分から話題をふってみるのもよいだろう。

 そして、「教祖様はどんな人なの?」、「どんな教えなの?」と<興味がないでもない>程度の態度で接すれば、相手は喜んで、その宗教に関する話題をしてくるようになるはずである。

 それは、先に述べた通り、人は、自分が夢中になっていることの話を聞いてくれる人を欲するものだからである。

 なお、ここでの
目的は情報収集なので、その宗教の教義の矛盾点を突いて、相手を言い負かしたりする必要はない。というか、そのような行為は厳禁である。

 あなたは、あくまで、相手にとって、
「自分が夢中になっていることの話ができて、かつ、それが心地良い人」でなければならない。ヘタに相手を言い負かしたりすると、「心地良い人」ではなく、「不快な人」になり、その宗教に関する情報を相手から収集できなくなる恐れがあるからである。

 ただし、相手の意見・考えを全面的に肯定する必要はない。納得できないことは納得できないと言っていいし、矛盾と感じることは、その通り伝えていい。ただ、あくまでソフトに、相手が不快を感じないように伝える必要がある。


(4).少しずつ、その宗教に関する否定的な情報を植え付ける

 標題自体は、洗脳やマインド・コントロールのようだが、やることは、その宗教に関する話をしている流れの中で、例えば、
「教祖様のその行為って、教祖様が推奨している『感謝』に反してない?」「ムーって単なるガセネタだって聞いたことあるよ」などというように疑問を提示する程度でいい。また、話の流れの中で、事前の情報収集で得た否定情報を与えてみるのも良いだろう。

 しかし、おそらく、そのように疑問を提示しても、相手は、スルーしたり、また、よく分からない言い訳で正当化したりするだろうが、別に追求する必要もないし、先にも述べたように、相手を言い負かす必要など全くない。

 この時点でする、このような疑問の提示は、単なる
種まきである。

 種をまいた時点では、当然ながら、いきなり花を開き実を結ぶことはない。しかし、その種まきを続けることによって、相手の心の奥底では、それまで無視して来た疑問・矛盾などが積み重なり、いずれ、押さえきれなくなって、その宗教への肯定的な考えが否定へと反転するだろう。

 また、信者というものは、別に一貫して強固は信仰を保ち続けているわけではない。当然、その信仰心が揺らぐ時もある。
 そして、その揺らいだ時に、その信者の中で、その宗教を否定する情報を多く持っていればいるほど、インチキ宗教だと気づく確率が高くなるのである。

 その時に向けての種まきなのである。

 ちなみに、以上のような、
「少しずつ、その宗教に関する否定的な情報を植え付ける」という作業は、基本的に長期戦となるので、「はやり病にかかった」、「長い人生、こんなこともあるさ」とでも考えて、あまりヤキモキしたり、焦ったりせずに、冷静に気長に対処することをお薦めする。

 (その1)でも記載した通り、冷静さを失い、客観的に物事を考えられなくなっているのは、むしろ相手であり、相手と一緒にそのような状態になって言い争っても何も解決しないからである。

 そして、そのような種まきをしながら、「その宗教への熱意が随分、薄れてきたな」、「かなり信仰心が揺らいできたな」等と思ったら、タイミングを見計らい、あなたが今まで入手してきた情報を一気に提示して、押し切ってしまうのも良いだろう。

 タイミングさえ誤らなければ、きっと、気づきへの後押しを出来るはずである。


 なお、上記で述べてきた長期戦を前提とした種まきは、それほどヤバくはない宗教やスピ系にハマっている場合のものである。もちろん、相手が明らかにヤバい宗教にハマっている場合、例えば、外界との接触を断とうとしてくるとか、明らかにマインド・コントロールを受けている等といった場合は、専門家に相談の上、早めの対処をした方が良いであろう。




 続いて(その3)では、実際にどのようなタイミングで気づく例があるかを記載して行きたい。



2012.10.30新規

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