もっともらしいだけの根拠(その17)
※当記事は、(その15)(その16)からの続き



 (その16)では、ある言語で記載された歌を他の言語で解釈し直すことは可能であることを示したが、実際、同様のことをして、「この歌は、○○語で歌われたものだった!」等と主張する行為は、よくあるものである。

 当記事では、これまでどのような主張があったのかを見て行きたい。



17.言葉遊びによる根拠U(3)

<具体例その3>言葉遊びをしていることに気付けなかった論説


(1).「日本語ギリシャ語・ラテン語起源論」 (木村鷹太郎)

 木村鷹太郎(1870-1931)は、主に明治・大正期に活動した日本の歴史学者、哲学者、言語学者、思想家、翻訳家。日本初のプラトン全集完訳者であり、与謝野鉄幹・晶子の媒酌人でもあった。

 その木村鷹太郎が主張した説に、「日本語ギリシャ語・ラテン語起源論」というものがある。

 その説では、日本民族はもともとギリシャ人やローマ人と同じく地中海方面におり、それが長い年月をかけてユーラシア大陸を東に移動して日本列島に落ち着いたとし、
日本語はギリシャ語・ラテン語系の言語だと主張した。

 そして、この説の中で主張されている、これまで説明してきたダジャレや語呂合せ等のような
言葉遊びと言える例を上げれば次の通りである。
「神漏伎(カムロギ)」 (※記紀に登場する神、高皇産霊(タマミムスビ)の神の別名)

 神漏伎(カム
ロギ)の神は、「言語」を意味するギリシャ語「ロゴス」を神名の語幹である。(※カムロギの「ロギ」と「ロゴス」の音が似ている)


○「ベラボーメ」 (※江戸っ子の口癖)

 江戸の住人はシシリー島を含むイタリアから移住してきたので、イタリア人は「
ブラボー」、江戸っ子は「ベラボー(メ)」を口癖にする。
 音が似ているものをこじつけているダケなのであるが、「日本人はもともと地中海にいた」等という根拠にこのような例を上げることが出来てしまうのがトンデモなところである。

 ちなみに、木村鷹太郎はこの説に絡んで他にも、日本神話にあらわれる地名を、アフリカやバビロニアの地名によって説明した。

<参考>
○Wikipedia「木村鷹太郎
○『日本トンデモ人物伝』 (と学会 原田実/文芸社/2009) P.76-91
○『朝鮮語で「万葉集」は解読できない』 (安本美典/JICC出版局/1990) P.10



(2).「日本語=レプチャ語起源説」 (安田徳太郎)

 安田徳太郎(1898-1983)は、医者で歴史家で、フロイトの先駆的な紹介者として知られる。

 その安田徳太郎は、その著書『万葉集の謎』(光文社/1955)で「日本語=レプチャ語起源説」を唱えた。

 レプチャ語とは、ヒマラヤ山麓にかつてあった小国シッキム(1975年にインドに併合)で用いられていた言語であり、その書籍の中で安田徳太郎は、日本語の起源をレプチャ語であるとし、また、
『万葉集』の歌のほとんどが、レプチャ語で解読できるとした。

 その解釈の例をあげると次の通りである。
○枕詞「こぐふねの」 (※「こぐふねの」は「忘れ」の枕詞)

 レプチャ語では、「忘れる」ことを
「パロン・パルン」と言う。この二つの音の内の「パロン」が「パスン」と訛り、さらに日本語「忘る」の語源となった。一方で、もう一つの「パルン」は「ポム」、「ポク」、「コグ」と訛り、あるいは「プン」、「プネ」とも訛って日本に伝わった。

   パロン(=忘れる) → パスン → 忘る(ワスル)
   パルン(=忘れる) → ポム、ポク、
コグ、プン、プネ → 「こぐふねの」

 つまり、枕詞「こぐふねの」の音が「コグ」と「プネ」に対応し、もともと、レプチャ語の「忘れる」から訛った言葉。そして、その枕詞が掛る「忘れ」もまた、同じレプチャ語から生じた同義語である。その背景があればこそ、「こぐふねの」が「忘れ」の枕詞として機能しえたのである。


○「サルタヒコ」 (※「サルタヒコ」は記紀に登場する神)

 レプチャ語で「サン」、「ルン」はどちらも象の意味である。一方、チベット語で象は「グラン・ポ・ケ」と言う。それが、「ダン・ピ・コ」→「ダ・ピ・コ」と転訛した。つまり、レプチャ語とチベット語で象を現す言葉から生じたのが「サルタヒコ」という名前なのである。

  「サン・ルン」(レプチャ語の象) → 「サル」
  「グラン・ポ・ケ」(チベット語の像) → 「ダン・ピ・コ」 → 「ダ・ピ・コ」 → 「タヒコ」

 記紀の中で「サルタヒコ」は、天孫族が天から地上へと降臨する途中に登場する神である。それは、ヒマラヤからの南下の途中に象に出会い、その鼻の長さに驚いた出来事をもとに神話化されたものなのである。(※『日本書紀』で「サルタヒコ」は、巨大で、かつ、鼻の大きな神として描かれている)
 枕詞「こぐふねの」の方は、「訛り」として片付けられている音の変化が強引過ぎるように思える。特に、「パルン」→「コグ」など、もはや何の原形も残っておらず、そこまで許容するのなら何でもアリである。(※上記内容は、『日本トンデモ人物伝』(P.93)のものなので、『万葉集の謎』に当たれば、もう少し説明があるのかも知れない)

 一方、「サルタヒコ」の方は、レプチャ語とチベット語との合わせ技(笑)

 ちなみに、後に安田徳太郎は、『万葉集の謎』における自身の研究は幼稚であったと自己批判し、「日本語=レプチャ語起源説」を撤回している。


<参考>
○Wikipedia「安田徳太郎
○『日本トンデモ人物伝』 (と学会 原田実/文芸社/2009) P.92-102
○『朝鮮語で「万葉集」は解読できない』 (安本美典/JICC出版局/1990) P.4




 さて、まだ、同様の主張はあるのであるが、ここで一旦切って、続きは(その18)で見て行きたい。



2013.9.3新規

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