悟りと魔境(その5)
(その1)(その2)(その3)(その4)からの続き


3.自称霊能者たちの神秘体験

(3).オーム真理教のケース

@.ケイマ大師こと石井久子氏

 石井久子氏が独房修行を行ったのは、1987年6月19日〜23日まで。日々の修行の様子が本人の手記によって記載されているので見て行こう。ちなみに、「ケイマ大師」はホーリーネームで、オウム真理教の出家信者に与えられた教団内での祝福名である。

 また、紹介する四人の解脱体験の内の一人目なので、長くなるが修行の様子を事細かに見て行きたい。

 まずは、修行初日の様子である。
『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 (麻原彰晃/オウム/1998.2) <P.157-160>
●解脱・死・狂気――残された道は三つ
◎6月19日(金)
 今、浄化法が終わったところ。修行に入る前より、約2.3キロ減っている。昨日の夜より修行を開始したけれども、前日まで仕事でほとんど徹夜明けだったため、ダウンしてしまった。まだ、ツァンダリーの瞑想も暗記していない。早く覚えなければ。
 今日からは、睡眠4時間。甘えていられない。頑張らなければ。今、解脱しなければ、私は今生で解脱することは不可能だろう。あらゆる事象がそれを示している。
 
解脱か、死か、気が狂うか、私に残された道は三つしかない

 朝6時起床。ヴァヤヴィヤに入る。いつも通りの方法でやっていると・・・・・・しばらくすると、何回目だろうか、
右耳で今まで聞いたことのない音が聞こえてびっくりした。右耳の内側あたりだろうか、何かが回転するような音で、シュルシュルシュル・・・・・・といっている。と同時に、右側の空間で音がしはじめた。ヒューとか、パチとかである。大きい音ではないが。
 しかし、この音はすぐに消えてしまった。その後少しして、ヴァヤヴィヤのレーチャカのクンバカのときに、
身体が跳ねだした。今まで震動はあったのだが、今回のは明らかにダルドリー・シッディである。同時に身体が軽くなるような気がした。

 〜(中略)〜

 足の痛みはどうしようもない。蓮華座が続かないのだ。体が跳ねて前に出るので、先生からいただいたジュウタンをたてに敷いた。
 ヴァヤヴィヤのあいまに、
たびたびアストラル界に入ってしまう。アルトラル界で生活、行動しているのだ。なにか、寝ているんだか、起きているんだか、わからないような、中間の状態だ。フーッと自然に気がついて、
(ヴァヤヴィヤをやらなくては。)
と思い、続ける。

 〜(後略)〜


(注)文字に色を付けたのは管理人(以下同様)
 「浄化法」や「ツァンダリー」、「ヴァヤヴィヤ」等、聞き慣れない用語が記載されているが、本書で明確な説明がないものも多く、かつ、いちいち説明していくと内容が煩雑になるので、必要と思われるものを除き説明は省略する。
 「解脱か、死か、気が狂うか、私に残された道は三つしかない」と決意のほどが記載されている。

 そして、幻聴が聞こえてきたり、身体が勝手に動き出したり。

 また、「たびたびアストラル界に入ってしまう。アルトラル界で生活、行動しているのだ」とあるが、オウム真理教での世界観は次の通りである。

『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 P.22

 現象界(=この世)、アストラル世界(色界)、コーザル世界(無色界)があり、下位アルトラルと下位コーザルは現象界と重複して存在し、また、上位アルトラルと中位コーザルも重複しているとされている(P.21)。

 前述の通り、石井久子氏は、「アルトラル界で生活、行動しているのだ」と記載しているが、「寝ているんだが、起きているんだか、わからないような、中間の状態だ」とも述べているように、私の経験から言えば、これはただ、
「起きたまま夢を見ている状態」。意識を保ったまま身体と脳をリラックスさせ寝た状態にすると、脳の夢を見る機能が動き出す。


 続いて、翌日。
『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 (麻原彰晃/オウム/1998.2) <P.161-164>
●アストラル世界を呼ぶ
◎6月20日(土)

 〜(中略)〜

 ツァンダリーのプラーナーヤーマのときに、集中力が弱まってくると色々な雑念が出てきた。
人の顔が(あまり気分よくない)出てきて観想の邪魔をしたり、悪魔かなとも思ったが、私の中にあるものだ、と思い無視した。
 又、アモガシッディの
観想をすると、背の高いがっちりとした男の人が出てきて、長いガウンみたいな服(白)を着ていた。髪は黒で、パーマがかかっているような感じで、目は大きかった
 しかし、私には何かわからないので(良い人か、悪い人か?)、無視した。その他、色々な雑念がわいては消え――内容は昔のこと、現在のこと、仕事、ありとあらゆること――、私の潜在意識とはいえ雑念のかたまりかと思い知らされた。
 
一回だけふっと、どこかに入ってしまったようだが、先生が出ていらっしゃって、呼び出して下さった。そこには入っていけないよ、というようなことをおっしゃったと思う。どこへ行ったかは全く覚えていないのだが、よい世界だったと思う。
 次にツァンダリー(瞑想)。教本を片手に観想する。エネルギーを上昇させて、ルドラ結節の詞章を唱え、
頭頂に意識を集中していると、Jさんと私が、Aさんの話をしている。そこまで覚えているのだが、あとは不明、またどこかへ飛んでいた。気がつくと、ああ、どこへ行っていたんだんだろうか、と思うばかり。本当に私は暗性だ。

 〜(中略)〜

 その後、
ツァンダリーをはじめると、すぐにアストラル界へ飛んでしまった。しかし、冷たいものは落ちたような気がする。残り時間38分はすぐたった。
 前日と同じくアストラル界へ飛んだり、人の顔や男の人が見えたり、また、自分がJさんと話をしているのが視えたり。

 これは先に説明したように、「起きたまま夢を見ている状態」である。夢だから、意味のない映像が見えてきたり、また、自分がなにがしかの行動をしている様子が見えてきたりする。本当に他の世界に飛んでいるわけではない。(※ただし、夢をどう定義するかによるが。例えば、夢の世界がアストラル世界だとするなら、上記の記述もその通りだと言えばその通りである)

 また、「あとは不明、またどこかへ飛んでいた」等とあるが、
「授業中に意識が飛んでいた(=気づいたら寝ていた)」というのと全く同じで、覚醒していた意識が睡眠状態になっただけのことである。


 続いて、6月21日は飛ばして、6月22日。
『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 (麻原彰晃/オウム/1998.2) <P.165-170>
●訪れた「悟り」――菩薩の道を歩む!
◎6月22日(月)
 ヴァヤヴィヤ。今日は52、3息、そのときに
強烈な思いがわきあがって来た
 
私は救済するために、この世に生れて来たのではないか。すべての魂は、悟り、解脱するために存在しているのではないか。
 
私はいつの日か、大乗の仏陀となって、この世を救済できる日が来るまで(麻原尊師のように)この苦界に何度でも生まれ変わって、救済のお手伝いをしよう
 菩薩の道を歩こう。

 〜(中略)〜

 グルとシヴァ神に私は請願をした。

 私は救済したい。大乗の仏陀となりたい。私は他のために生きよう。自己の利益を顧みてはならない。自己のためには生きない。そして、この請願を供物として捧げ、どうか私に解脱と悟りをもたらして下さい、と強く発願した。その瞬間、私は理解した。

 人間(凡夫)は、みな自己のために生きている。
 自己の欲求を満たすために行動する。
 これが苦の原因である。

 〜(中略)〜

 Hさんに、時間です、と言われても、私は座り続けていた。
強い発願と、これこそ私の求めていた道だ、という感激におそわれて、私は涙がとまらなかった。請願したと同時に、私の中に、他のために生きることこそが大乗の道であり、自己を滅することが、苦を滅することだという、大きな「悟り」が得られたからであった。
 「強烈な思いがわきあがって来」て、「私はいつの日か、大乗の仏陀となって、この世を救済できる日が来るまで(麻原尊師のように)この苦界に何度でも生まれ変わって、救済のお手伝いをしよう」と思う石井久子氏。

 そして、「これこそ私の求めていた道だ、という感激におそわれて、私は涙がとまらなかった」ようである。

 しかし、オウム真理教がこの後、たどった道はご存知の通り。

 
良い思いや信念だけがあっても、それだけではダメだという良い例であろう。

 結局、解脱など出来ていない煩悩にまみれたインチキ教祖に騙され、救済どころか、社会や人々に害悪をなすことに協力することになってしまうのである。


 続いて、6月23日を飛ばして24日。
『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 (麻原彰晃/オウム/1998.2) <P.173-176>
●痛みと闘う!
◎6月24日(水)

 〜(中略)〜

●吹き上がるエネルギー

 〜(中略)〜

 今日のツァンダリーのプラーナーヤーマは気持ちがよかった。プラーナがよいせいか、ラトナサンヴァバの観想のときに、
黄色(金色)のエネルギーが、頭頂まで吹き上がる。他の四仏のときも、意識して上げようとしたがダメ。ラトナサンヴァバのみが吹き上がった。

 〜(中略)〜

 なるほど、喉のひっかかりがないと、スムーズに光が上昇する。快感状態にいるときのエネルギーの色、状態を見てみようと努力した。
大体、赤、オレンジ系の色が吹き上がる。少しクンパカが短いと黄色だ。そして、ために白銀が上がり、その後透明な光った赤(黄)が上がる。この色は赤といっても太陽光線に似ている。その後うすい紫色がのぼってきたり、暗い緑が見えたりする
 
光が上昇してしまった後は、あまり光っていない白い丸(三角)いものが見えて、その回りを、暗い色(暗い青か緑か?)がとりかこんでいる物体が見える。そして、喉に力を入れ、息がもれないようにして、息の続くかぎりクンバカをしていた。

 〜(後略)〜

 「黄色(金色)のエネルギーが、頭頂まで吹き上がる」という体験。そして、赤や黄、白銀、紫等の色が吹き上がるのが見えたり、白い丸(三角)のものが見えたり。


 そして、その翌日。
『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 (麻原彰晃/オウム/1998.2) <P.178-183>
●最後のザンゲ――もう私には何もない
◎6月25日(木)

 〜(中略)〜

そう思っていると、ますます心のひっかかりが大きくなってきて、いてもたってもいられなくなる。こうなるともう言わずにいられない。もう待てない。修行もできない状態だ。
 すーっと立ち上がると、
隣の先生の部屋をノックしていた。

 〜(中略)〜

 
私は一気に今までの自分の行為、心の汚れた部分、屈折等を話してしまった先生は解脱なさっているから、ご存知ないはずはないとわかっているつもりでも、本当の自分の、汚れた自分、恥ずかしい自分を話すことは、非常に抵抗があった。
 
先生に告白してから、私は数時間泣き続けた。私は今まで自分が大切にしてきたものを失ってしまったのだ。それは偽りの自己であって、本当の私自身ではないのだが、その偽りの自己を自分自身だと思いたかったのだ。自分は、本来はドロッとした最も人間らしい要素(煩悩)を持った人間なんだけれども、きれいな、清い者だと思い込みたかったのだ。いや、事実思い込もうとしていた。言うなれば、臭い物には永遠にふたをしようとしていたということだろう。そして、自己の偶像に満足して、真実を見つめるのを避けていたのだ。

 〜(中略)〜

 「そうか。」
 そして、予想していたことだとおっしゃった。
先生は決して責めることはおっしゃらない。先生は何があっても動じない。誰が何を言おうとも、決して心を動かすことはない。
 「すべて、自己(エゴ)崩壊のプロセスである。」
とおっしゃる。そして、
 「ここで、落としておかなかったら(心の屈折をザンゲしていなかったら)君は解脱できなくなっただろう。後悔したであろう。」
 「できることならば、解脱できなくても言いたくなかったです。」
 「それは根本無明だ。」

 少し落ちついて部屋に戻った。今日のプログラムはまだはじまったばかりだ。しかし、修行が手につかない。深い絶望感に沈んでいた。考えること、考えること、すべて暗い方向へ心は流れ、もういっそのこと死んでしまいたい、と思うのだ。
 自分が自分でなくなるとき、エゴが滅するときに感じる苦痛、ショックは想像を絶するものだ。私は
いまだかつて経験したことのない、深い絶望感にさいなまれていた。

 〜(後略)〜

 麻原彰晃氏に懺悔をし、自己の虚像がはぎ取られることになって深い自己喪失感を味わう石井久子氏。

 一方で、
「先生は解脱なさっているから、ご存知ないはずはないとわかっているつもり」

「先生は決して責めることはおっしゃらない。先生は何があっても動じない。誰が何を言おうとも、決して心を動かすことはない」
とあり、麻原彰晃氏の虚像に対する思い込みはそのままで、対照的である。


 続いて、6月26日を飛ばして27日。
『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 (麻原彰晃/オウム/1998.2) <P.186-188>
●もう少しだ、頑張れ
◎6月27日(土)

 〜(中略)〜

 12時、ツァンダリーのプラーナーヤーマ。気持ちよい。黄金色の光が何回となく上昇する。昨日よりも快感、しびれが強い。光も強い。
 ヴァヤヴィヤ。またまたエネルギーの上昇がほとんどない。一息、一息、限界まで保息しているのだが、光もあまりない。クンバカはかなり長くなったようだ。4時くらいから、
意識がボーッとしてきて気持ちよくなり、何もやる気がしなくなった。どうしたのだろう。ただただ、ボーッとしていたい感じだ。『風のクンダリニー』が背骨を何度も何度も上昇してゾクゾクする。気持ちよい。
 また新たな状態なので、グルにお聞きする。
 「それはマノーマニー状態(ウンマニー状態)だ。ボーッとして何もしたくなくなり、気持ちよい状態だ。」
そして、
 「
その状態を越したら解脱だ。もう少しだ。近いぞ。頑張れ。

 〜(後略)〜

 「意識がボーッとしてきて気持ちよくなり、何もやる気がしなくなった」石井久子氏。

 麻原彰晃氏によると、どうやら、この状態を越えると解脱らしい。


 そして、いよいよ、最終日の解脱体験。
『マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典』 (麻原彰晃/オウム/1998.2) <P.189-194>
●成就――光の海に飛び込む!
◎6月28日(日)

 〜(中略)〜

 ツァンダリーのプラーナーヤーマの途中、大きな変化があった。一息するたびに気が上昇するとイメージすると、
黄金色の光が眼前、そして頭上に現れるのだ。おとといから現れはじめ、昨日その光はだいぶ強くなったのだが、今日の光はその比ではない。それに伴い、その光が現れている間中、全身に快感がはしる。そして、光が強まれば強まるほど快感状態は長くなり、頭頂から腕、足、指先に至るまでが強烈にしびれるようになっていく。
 ふっと、
その光に集中していたら、意識がとぎれた。数秒後、意識は戻っていたのだが、自分がどこに行っていたのかすぐにはわからなかった。身体は前を向いていたのだが、横向きになっており、細かく震動していた。
 一体私はどこに行っていたのか。
このショックは私がいつもアストラル界へ飛んでいくときのものとは全く違っていた。(アストラル・トリップするときは、こんなにも強い光はささない。そう、白く鈍い光の中にすっと入ってしまって、軽い震動とともにたいした違和感なく、身体に戻ってくるのである。そして、その間の記憶が、身体に戻ったあと脳裏にやきついており、ああ私はどこどこへ行ってこういう行動をしてきたのだな、ということを自覚できるのだ。)
 そして、肉体をぬけだすときのショック、戻ってくるときのショックは、
今だかつて、私が経験したことのないものであった
 
ゴーッという音とともに、光の渦の中に入っており、そしてそこは、楕円形に回転していた。私の印象としては、光の渦というよりも、想念の渦という感じが残っている。言葉では説明できないのだが、ありとあらゆる想念(想い)が回転している光の世界というのが、一番近いと思う。そして、その中に私は吸い込まれて失神してしまった。次に気がついたとき、私は肉体に戻っていた。
 しばし、ボーゼンとしていた。自分の今の体験を、私は理解できなかったのだ。
 気を取り直して、再び修行を開始した。だが、この前述の体験が心の中のひっかかりとなったようで、光がなかなか見えてこない。初めての体験に対する、私の潜在的な恐怖心が原因したようだ。
 そこで、私は努めて身体の力を抜いた。気をつけてみると、やはり肩ははっていて、緊張していたのだ。できるだけリラックスして、何回か行っていると、だんだん光が戻ってきた。そして、意識があると、ないとの中間状態(これも言葉では説明できないが)に入るようになった。
 そのときも、黄金色の光が頭上にあり、クンダリニーが上昇し、全身が光の身体になったような感覚になり、思考が停止する。そして、またゆっくりと思考が動きはじめて、体のしびれがとけていく。意識の中間状態は、こんなプロセスで入って、さめていく。
 何回、いや何十回か、私はこの状態に入った。

 〜(中略)〜

 修行を開始する。まだ、頭頂部にエネルギーのかたまりがある。先生のエネルギーが、そのまま残っているらしい。ツァンダリーのプラーナーヤーマではダメだ。先生のエネルギーがとけない。ものすごく強いエネルギー体だ。強い刺激を与えなければと思い、すぐにヴァヤヴィヤを始めた。30分くらい行って、ツァンダリーのプラーナーヤーマに入った。

 
快感が走る。震動する。しびれる。そして、太陽の光のようにまぶしく、ものすごく強い、明るい黄金色の光が頭上から眼前にかけて昇った。
 金色の光が、雨のように降りそそいでいる。そして、その光の中で、私は至福感に浸っていた。
 この太陽は、その後何回も昇り、そして最後に黄金色の渦が下降し、私の身体を取り巻いた。

 このとき、私は光の中に存在していた。いや、真実の私は光そのものだったのだ。その空間の中に、ただ一人私はいた。ただ一人だが、すべてを含んでいた。真の幸福、真の自由は、私の中にあった。真実の私――。


 
そのとき、私は光だった・・・・・・・


 〜(後略) ※この後、麻原彰晃氏の解説 〜

 まず、それまでとは比にならないほどの黄金色の光が現れ、全身に快感がはしる。そして、その光に集中していると意識が途切れるのだが、その途切れ方もこれまでと違っていたようで次のように語られている。
「いつもアストラル界へ飛んでいくときのものとは全く違っていた」

「今だかつて、私が経験したことのないものであった」
 どうやら、「起きたまま夢を見ている状態」から、次の段階に入った、つまり、魔境に入ったようである。

 そして、次のような体験をし、
「快感が走る。震動する。しびれる。そして、太陽の光のようにまぶしく、ものすごく強い、明るい黄金色の光が頭上から眼前にかけて昇った。
 金色の光が、雨のように降りそそいでいる。そして、その光の中で、私は至福感に浸っていた。
 この太陽は、その後何回も昇り、そして最後に黄金色の渦が下降し、私の身体を取り巻いた。」


「このとき、私は光の中に存在していた。いや、真実の私は光そのものだったのだ。その空間の中に、ただ一人私はいた。ただ一人だが、すべてを含んでいた。真の幸福、真の自由は、私の中にあった。真実の私――。」
最終的には、「そのとき、私は光だった――」と光と一体になる境地を経験する。

 これは、(その2)で見た魔境の、次の体験と類似のものである。
○神格を持つものとの一体感を持つ
○目の前にあるものと一体になる。
○宇宙と一体になるような気分になる。
 魔境というものを知らずに上記のような体験談を聞くと、もの凄い体験をしたように思い、「これが解脱体験なのか!」と感動さえしてしまうかも知れない。

 しかし、結局は、上記の魔境体験の、
「神格をもつもの」や「宇宙」等が「光」に変わっただけの話に過ぎないのである。

 そして、このようにして解脱したらしい石井久子氏が、その後、どうなったかと言うと以下の通り。
Wikipedia「石井久子」より
1995年に一連のオウム真理教事件の発覚がきっかけとなり、教団を離脱した。
 石井久子氏の上述の解脱体験は1987年のことであるから、その後の殺人事件や地下鉄サリン事件などが発覚するまで、オウム真理教や麻原彰晃氏の本性に気づかずに約8年も在籍していたことになる。

 やはり、
上述のような体験をしたところで、真実が見えるようになるわけではないのである。

 また、麻原彰晃氏は12人の子供がいて、そのうち妻の子は6人と(*)、
「最終解脱した」と称しながら思いっきり煩悩が残っている人物であり、また、1989年の2月にはオウム真理教男性信者殺害事件を、11月には坂本堤弁護士一家殺人事件を起こしている。

 普段から、そこかしこで、悟りなど開けていないことを示す言動をしていたはずである。
(*)
参考:Wikipedia「麻原彰晃

なお、四女の松本聡香の著書『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』(徳間書店)によると、子供の数は15人らしい。
 しかし、そのことに石井久子氏が気づけなかったのは、先に引用した、彼女の麻原彰晃氏に対する幻想、神格化とも言える以下のような思い込みが大きな理由の一つであったろう。
「先生は解脱なさっているから、ご存知ないはずはないとわかっているつもり」

「先生は決して責めることはおっしゃらない。先生は何があっても動じない。誰が何を言おうとも、決して心を動かすことはない」
 所詮は、偏見や先入観からも解放されてはいないのである。




 続いて(その6)では、アングリマーラ大師こと佐伯一明氏の解脱体験を見て行きたい。



2014.08.27新規

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