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もっともらしいだけの根拠(その2)

 ※当記事は、記事(その1)からの続き



2.連想ゲームによる根拠

 「連想ゲームによる根拠」とは、ある言葉から連想したものをその言葉に結びつけ、それを根拠に、「その言葉は○○だ」と主張するものである。

 説明だと分かり難いと思うので、具体例を見てみよう。



<具体例その1> 深田剛史氏のケース

 深田剛史氏は「数霊」というものが存在すると主張し、著書『数霊に秘められた宇宙の叡智』(徳間書店)では、ある言葉を本書に記載された方法で数字に変換すると、その言葉が持つ本来の意味が分かると主張している。

 例えば、「イザナミ」、「受精」、「誕生」といった言葉は該当の方法で数字に変換すると「117」になり、この「117」という数字には「感謝」といった意味があって、結果、これら3つの言葉の本来の意味は「感謝」であるらしい。

 そして、「ほら、この通り、これら3つの言葉の本来の意味は『感謝』でしょ」と、説明するものが以下の文章である。
『数霊に秘められた宇宙の叡智』 (深田剛史・徳間書店・2009.3) P.47-48
 が、そのことについては本題から外れてしまいますので数霊に戻りますが、「イザナミ」の言霊数117になります。
 
母神とは、“女である神”ということではありません。子を持つ女神が母神で、母になるということこそが「ありがとう」から始まります
 懐妊しました。
受精がうまくいったわけですね。
   ジ=60 ユ=38 セ=14 イ=5
 117になって、
赤ちゃんができたことでお腹を慈しみつつ撫でながら“ありがとう”
 やがてこの世に生まれ出てくれますね。
   タ=16 ン=1 ジ=60 ヨ=37 ウ=3
 で117。
誕生も117になるんですね。“生まれてくれてありがとう”です
 これは、「連想ゲームによる根拠」の見本のような文章である。

 例えば、「イザナミ」については、次のような連想ゲームがなされている。
@イザナミ
   ↓
A母神
   ↓
B子を持つ女神が母神
   ↓
C母になるということは「ありがとう」から始まる
  
よって、「イザナミ」という言葉の本来の意味は「感謝」だ
 こんな説明が本当に成立しているのなら、世の全ての母神の名前を数字に変換すれば「117」にならなければならないのだが、当然そんなことにはならない。
 例えば、ギリシャ神話の大地母神ガイアは、「ガ=51 イ=5 ア=1」で計57となる。

 結局のところ、単なる連想ゲームに過ぎないから、該当の言葉がどんな数字になろうとも、それっぽく説明できてしまうのである。それは、「バナナ」から連想して、最後を「善」でも「悪」でも好きな言葉で終わらせることができるのと同じである。

 ちなみに、上記の三つの言葉を数字に変換して、仮に100(完璧な、完全なる)になったとして、同様の「連想ゲームによる根拠」を使用して説明してみよう。
「イザナミ」・・・イザナギと夫婦神ですが、夫と力を合わせて一つのことを成し遂げる夫婦としての美しい姿が神話には描かれ、妻の鏡であり、女性としての完璧な姿をもった神なのです。

「受精」
・・・精子と卵子は、それのみでは意味をなさず、受精することによって初めて偉大な生命が誕生します。受精は、足らないもの同士が合体し、完璧な姿へと変貌する現象であると言えるでしょう。

「誕生」
・・・受精して生命が誕生しても肉体はまだ出来ていません。肉体の形が完成して整ってから、この世に生れ出てくることになります。
 連想ゲームを使用すれば、どんな結果が出ても、もっともらしく説明できることが良く分かるであろう。


※『数霊に秘められた宇宙の叡智』へのその他のツッコミは、以下の記事を参照
 ○「『数霊に秘められた宇宙の叡智』へツッコミ!




<具体例その2> マイ箸運動のケース

 一時期、エコ関連運動の一つとして「マイ箸運動」なるものをTV等でよく目にしたが、最近は下火になったようである。

 この「マイ箸運動」は、「使い捨ての割り箸を使用しないよう、マイ箸を持ち歩きましょう」と言うのものであるが、その根拠は一般的に次のような内容である。
 割り箸は木で出来ているので、割り箸を作る為に木が伐採されている。つまり、使い捨ての割り箸を使用することは、森林破壊を助長することになるのである。

 よって、自分の箸(マイ箸)を持ち歩くようにして、使い捨ての割り箸を使用しないようにすべきである。

 そして、この内容を整理すれば次のようになる。
@割り箸は木から出来ている
   ↓
A割り箸を作る為に、木が伐採されている
   ↓
B割り箸を使い捨てにすることは森林破壊を助長する
よって、割り箸の使用をやめ、マイ箸を持ち歩こう
 さて、この主張は、上述の<深田剛史氏のケース>と同じく、「単なる連想ゲーム」に過ぎないであろうか、それとも、きちんとした根拠のある説明として成立しているであろうか(※あくまで上記の内容だけで判断するとして)。

 答えは、
上記内容だけでは分からないである。

 <深田剛史氏のケース>と比べると、かなりもっともらしい主張であり、この話を聞いただけで「その通りだ、私もマイ箸を持ち歩こう!」と考える人も少なからずいることであろう。

 しかし、日本産の割り箸について考えてみよう。
 日本製の割り箸は間伐材や端材(木材を切り出した際に生じる余分な切れ端)から作られており、割り箸を作ることを目的として木が伐採されることはない。

 そして、人々が日本製の割り箸を使用しなくなるとどうなるかと言うと、間伐材や端材が売れなくなり、それは日本の林業に打撃を与えることになって衰退を助長し、手入れのされていない森林が増加することになる。

 結果、マイ箸運動は、日本製の割り箸について言えば、森林破壊の阻止につながらないばかりか、日本の林業にマイナスの影響を与えることになるのである(当然ながら、割り箸の製造業者にも)。
※参考:『割り箸はもったいない?』(田中淳夫・ちくま新書)


 なお、私はここで、マイ箸運動の是非について論じたいワケではない。実際、割り箸はそのほとんどを中国から輸入しており、日本製の割り箸のみに焦点を当てての議論はあまり有効なものではない。

 ここで言いたいのは、上記のような一見もっともらしいマイ箸運動の説明も、
きちんと裏を取り、事実関係や因果関係等の確認をした上でなければ、安易に納得・賛同すべきではないと言うことである。

 そして、安易に賛同してしまえば、エコな行動をしているつもりになっているだけで、実際には、「その本来の目的に全く寄与していないばかりか、社会にマイナスの影響を与えている」という事態にもなりかねないのである。


 なお、他にも同様のレベルの主張を見てみよう。
@.レジ袋は石油からできている。よって、レジ袋の使用をやめれば、石油の消費削減、及び、レジ袋製造時のCO2排出削減に寄与する。

A.暴力的なゲームが世に出回っているが、人を殺しまくるようなゲームがプレイヤーの精神に与える影響は、好ましいものであることはありえない。そのようなゲームを繰り返し行うことによって、人を殺す抵抗が無くなって行き、結果として、人の命を何とも思わない人間が増加することになるのだ。

 上述の2つとも、この状態では、「もっともらしいだけの説明」レベルである。何故なら、その因果関係の説明・立証が一切無いからである。

 @について言えば、石油からレジ袋が出来るまでの製造過程を検証し、本当にレジ袋の削減が、石油消費やCO2排出の削減につながるのかを確認する必要があるだろう。

 Aについて言えば、以下の2つの点について、その結論が正しいことの根拠・証拠が示されていない。
○人を殺しまくるようなゲームがプレイヤーの精神に与える影響は、好ましいものであることはありえない

○暴力的なゲームを繰り返し行うことによって、人を殺す抵抗が無くなって行く
 よって、これら2点とも、上述の説明だけでは仮説、つまり、「単なる想像」に過ぎないのである。

 また、可能性だけで言えば、「暴力的なゲームをすることによってストレスが発散され、殺人事件・暴行事件の減少に結びつく」と真逆の主張をすることも出来るだろう。

 従って、Aの主張に対して賛否の判断を下す際には、上記2点について、正しいことを立証する実験・研究結果が必要だと言えるだろう。





 以上、<深田剛史氏のケース>のように、一瞬で「単なる連想ゲーム」だと分かるような例はともかく、問題は、<マイ箸運動のケース>のように、その主張を見ただけでは「連想ゲーム」か否か分からないケースである。

 裏を取って、因果関係を調べてみれば、その主張が正しいことが分かる場合もあるし、逆に、結果として「単なる連想ゲームに過ぎなかった」と言うことが分かる場合もある。

 要は、一見、もっともらしい説明だけで、かつ、その因果関係の説明・立証が提示されていない主張については、安易に賛同したりしないことである。



 ※(その3)へ続く


2012.1.3新規

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