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洗脳の手法 (その2)

 ※当記事は(その1)からの続き。



3.洗脳の3つ段階(討論)

 (その1)で説明した「誘導」は洗脳の初期段階なので、ある程度、人々を文字通り、誘導はできても、「中心テーマ」を人々の中に確固たるものとして根づかせるには弱いものである。そこで、次の段階で出てくるのが「討論」になる。

 「討論」では、ある程度、誘導済の人を集めて、「中心テーマ」に関する討論をさせる。

 そして、この「討論」の目的は、
「『中心テーマ』が、自分で考えた結果だと思わせること」にある。

 「誘導」では、あくまで他人から与えられた主張や評価を受け入れただけで受動的であるのに対して、自分の意見を言う「討論」は能動的である。
 自分で考え、選んだ結果(と思わせる)なのであるから、そこには自己責任が生じてくる。まさに、これこそが「討論」の目的そのものだと言えるであろう。

 この「討論」では、議題が与えられ、それについて自由に討論することが求められる。

 ただし、本当に自由に議論をすると、「中心テーマ」に反する結論が出てしまう可能性があるので、その討論の場には必ず「先導役」が参加する。
 「先導役」の役目は、議論の方向が「中心テーマ」から外れないよう、必要に応じて修正を入れ、最終的に「中心テーマ」に沿った結論となるように導くことである。

 また、「討論」の始まりには大抵、「それでは、○○について自由に議論して下さい」と言ったように「自由に」という言葉が使わるが、そもそもこれは大ウソである。
 最初から答えは決まっているのだが、そのように言うことによって、被洗脳者たちに「自由に議論した結果、そういう結論になった」と思わせるのである。

 「誘導」の説明時と同じように、「妖しい宗教団体のケース」を例に使って、具体的に説明しよう。

       

 先に説明した通り、討論の参加者は被洗脳者たちと「先導役」である。

 その「討論」においては、被洗脳者の意見として「中心テーマ(教祖は救世主)」に沿ったものも出て来るが(※図の被洗脳者の右側の吹き出し部分)、それに反する意見も出て来ることになる(※被洗脳者の左側の吹き出し部分)。
 被洗脳者たちは自由に討論しているつもりなのだから当然である。この反対意見を、被洗脳者どうしで否定してくれれば問題はないが、そうならない場合、「先導役」の登場となる。

 そもそも、基本的には、「中心テーマ」に沿わない意見に対する反論は予め用意されているので、次のように大抵の否定的意見は簡単に排除できる。
〈意 見〉「Dさんの病気は、教祖様に心霊治療をしてもらっても治らなかったそうだ」
〈反 論〉「Dさんは信心が足らないからだ。教祖様の力だけで治療しているのではない。治療される本人の信仰心も重要なのだ」

〈意 見〉「東京の大地震の予言は当たったが、近畿地方の大地震は当たってない」
〈反 論〉「近畿地方の方は、教祖様の祈りによって現在まで回避できている。東京は、都市に渦巻く悪想念が強すぎて、教祖様のお力でも回避できなかったのだ」
 ただし、想定外の反対意見が出てきて、「先導役」がうまく反論できなかったり、また、相手がどうしても納得しない場合もある。
 そんな場合は、大抵、「先導役」は、「あなたは考え方がおかしい」などといった、相手そのものを否定する言葉を出して、相手の反対意見を封じ込めることなる。

 以上のように「討論」では、「先導役」が必要に応じて議論の方向修正を行い、「中心テーマ」に反する意見は否定し、それに沿った意見は褒めて、さらに情報を追加するなどして、結論を「中心テーマ」へとたどり着かせる。

 そして、討論終了後には、「中心テーマ」は被洗脳者たちそれぞれの中で、確固たるものとして根づいていることになる。
 被洗脳者たちは自分たちで考えて意見を出し合った結果、その結論に達したと思い込んでいるからである。

 「自由に」という建前で行われた、結論ありきの討論。この「討論」では、本来の討論の意義・目的から乖離した討論がなされることになるのである。



4.洗脳の3つ段階(布教)

 「討論」の次の段階は、「布教」になる。

 「布教」とは、「新たな仲間を取り込む活動、及び、組織の外に対して『中心テーマ』を広げる活動のこと」である。

 例えば、宗教にありがちな、他人の家に訪問して勧誘する方法もあるし、発表会という形を取る場合もある。また、最近では、インターネットのホームページやブログを使って、洗脳された主義・主張を発信するという方法もある。

 この「布教」の洗脳における目的は、
「被洗脳者に他人に対する責任を生じさせ、考えを変更することを困難にすること」である。

 「討論」では、「自分で考え、選んだ結果」だと思い込ませ、自己責任を生じさせた。一方、「布教」では、他人を勧誘させて組織に引き込ませることにより、その他人に対する責任を生じさせるのである。当然、仲間に引き込んだ人数が多いほど、その責任も大きいものとなる。

 この「布教」まで終了すると、被洗脳者は後戻りすることが非常に困難になる。

 刷り込まれた「中心テーマ」の否定は、自分がその組織に所属して行ってきたことの否定であり、ひいては、自己否定につながる。そして、「布教」により、他人まで同じ主義・主張に引き込んでしまっているわけであるから、その罪まで背負わなければならなくなる。

 よって、その組織に長く所属していればいるほど、抜け出せなくなると言えるであろう。

 したがって、「布教」まで済んだ被洗脳者は、他から何と言われようとも、必死に「中心テーマ」にすがりついて生きていこうとするようになるのである。


 以上、「布教」まで進めば、一応、洗脳は完了であるが、今まで説明してきた「誘導」、「討論」、「布教」という手法は一度なされればそれで終わりではなく、その都度、繰り返し実施され、洗脳状態を維持・強化するために使用されることになる。

 なお、洗脳の各ステージの目的を、被洗脳者を基準としてまとめると以下の通りとなる。
「誘導」 ・・・ 「中心テーマ」が真実だと思い込ませる
「討論」 ・・・ 「中心テーマ」を自分の意見だと思わせ、自己責任を生じさせる
「布教」 ・・・ 他人を引き込ませることによって、他人への責任を生じさせる




 ※(その3)へ続く


2011.2.28新規

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