もっともらしいだけの根拠(その20) |
※当記事は、(その15)、(その16)、(その17)、(その18)、(その19)からの続き
これまで見て来た事例は、言葉の一致や読み換えであったが、日ユ同祖論では、日本語とヘブライ語の文字の一致が主張されることがある。
当記事では、当該主張について見て行きたい。
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20.言葉遊びによる根拠U(6) |
<具体例その4>日ユ同祖論のケースB 〜文字の類似
以下は、『日本書紀と日本語のユダヤ起源』に記載されている、ヘブライ文字(ヘブル文字)と日本語の仮名との対比表である。
『日本書紀と日本語のユダヤ起源』 (ヨセフ・アイデルバーグ/徳間書店/2005) P.87
※四角の枠の上部に記載されているアルファベットは、各ヘブライ文字を英語のアルファベットに置き換えたもの。
そして、著者のヨセフ・アイデルバーグは、このような類似を上げ、「カタカナとひらがなの起源は明らかにヘブル語にある」(P.82)と主張する。
(注)上記では〈グループA〉のみを引用したが、本書には他にも、以下のものが掲載されている。
〈グループB〉・・・ヘブライ語の母音記号システムの影響を受けて成立したとする仮名(7文字)
〈グループC〉・・・ヘブライ文字と角度が違っていたり、鏡像反転していたりする仮名(7文字)
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上記表を見てみると、確かに、文字の形が「全く同じ」と言っていいものもあり、その上、音までが同じであるとすると素人目には偶然には思えない。
「カタカナとひらがなの起源は明らかにヘブル語にある」との主張に賛同したくもなるのだが、実際のところは、やはり、「単なる偶然」と言わざるを得ないものなのである。
この主張について、まず、認識しておかなくてはならないのは、日本の仮名との比較に使用されたヘブライ文字は、複数世代に渡るものだと言うことである。
本書には、以下の通り、ヘブライ文字の変遷についても記載されている。
『日本書紀と日本語のユダヤ起源』 (ヨセフ・アイデルバーグ/徳間書店/2005) P.83
こちらの図を使って、最初の表に掲載されているヘブライ文字がいつのものかを確認してみよう。
まず、最初の表の上段、左から1番目の「コ」は、4.現代活字体のヘブライ文字に相当することが分かる。
次に、2番目の「ク」は、1.ヘブル・フェニキア:前8世紀、もしくは、2.ヘブル・アラム:前6〜4世紀に相当している。
最後に、少し飛ばして5番目の「フ」を見てみると、1.ヘブル・フェニキア:前8世紀である。
このように、ヨセフ・アイデルバーグは、日本語の仮名とヘブライ文字を突き合わせる際、前8世紀以降の5種類の文字から選ぶことが出来、その内の最も形が似ているものを選んだのである。
そして、このことは、「日本語の仮名の起源がヘブライ語」という前提に立てば、「日本語の仮名を作った人物・集団は、この5種類の文字の全て、もしくは一部を知っていた」ということになる。(※もちろん、誰かが明確な意図を持って作成したのではなく、自然発生的に出来あがった可能性もあるが)
さらに、ヘブライ文字の方は、日本語の仮名のように1字で1音を表しているわけではない。
例えば、最初の表の「コ」に相当するとされるヘブライ文字と同値の英語のアルファベットは「K」である。つまり、この「K」は「Ka、Ki、Ku、Ke、Ko」を表すことができるから、日本語の「カキクケコかきくけこ」の10文字と比較することが可能なのである。
よって、結局、ヨセフ・アイデルバーグは、あるヘブライ文字を日本語の仮名と比較する際、ヘブライ文字については5種類、日本語の仮名については10種類と比較することが出来たことになる。(※上記表の上段・下段双方の最も右のものは、「lu」と「ri」となっており、どうやら子音記号付のヘブライ文字のようである)
○ヘブライ文字 ・・・ その変遷を踏まえて、前8世紀以降の5種類
○日本語の仮名 ・・・ 例えば、「K」に相当するヘブライ文字との比較の場合、「カキクケコかきくけこ」の10種類
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ヘブライ文字も仮名も、双方とも単純な形の文字であり、かつ、その単純な5種類と10種類のものをマッチングすれば良いのだから、それだけ、偶然で同じものを見つけることが出来る可能性が上がったと言えよう。
また、加えて言うなら、少し考えれば分かると思うが、この主張の一番大きな穴は、「日本語の文字の成立にそれほどの影響を与えておきながら、何故、日本の古代の遺物にヘブライ文字が書かれたものはないのか?」ということである。(※「三種の神器の一つである八咫鏡に、ヘブライ文字が刻まれていた」という話もあるが、真偽は不確かである(というか、恐らく「偽」))
もし、本当に「日本語の仮名の起源がヘブライ語」なら、ヘブライ文字が記された遺物がじゃんじゃん見つかって良いはずである。
もしかしたら、ヘブライ文字を知っていたのはごく少数だけで、公に使用することなく秘密裏に伝えられていて、仮名が作成される際、無理やりヘブライ文字をねじ込んで来たというのだろうか。それも、仮名の一部だけに。
ここまで見てくれば、ヨセフ・アイデルバーグの「カタカナとひらがなの起源は明らかにヘブル語にある」との主張が、少なくとも、「単純に賛同できるものでない」程度には、お分かりいただけたのではないかと思う。
さらに、ここでいったん、ヘブライ文字を置いておいて、平仮名・片仮名がどうやって成立したのかを確認しておこう。
誰もが小学校で習ったと思うが、平仮名・片仮名の元となったのは漢字である。以下に、その成立過程を簡単にまとめてみた。
<仮名成立の歴史>
(1).漢字の伝来
遅くとも1世紀までには、漢字が日本にもたらされた。
それを示す最古の品の一つが、博多の志賀島で出土した「漢委奴国王」(漢の倭の奴(な)の国王)と彫られた金印である。これは、中国の後漢の時代西暦57年に、光武帝が日本の奴国からの使者に与えたものであることが分かっている。
(2).漢字を用いて日本の固有名詞を記すことが始まる
5世紀頃、漢字の音を利用し、日本の固有名詞を記すことが始まった。
和歌山県橋本市の隅田(すだ)八幡神社に伝わる青銅鏡の銘文には、現在の桜井市の地名「忍坂(おしさか)」が「意柴沙加」と表現されている。
なお、この青銅鏡の制作年については、383年説を残しつつ、443年か503年かで説が分かれている。
(3).漢字の音訓を用いて一字一音で表記するようになる。
それまでは固有名詞だけだったのが、7世紀後半には、日本語の文章が、漢字の音訓を用いて一字一音で表記できるようになっていた。
そして、このような表記法は、8世紀後半の『万葉集』に集約されることになり、その時、表記に使用された漢字は1千字近くあった。(※例えば、「カ」という音を表記するのに、可、何、加、架、香、蚊、迦という複数の漢字が用いられ、一つに定まってはいなかった)
なお、このような、漢字を使用した仮名のことを「万葉仮名」と呼ぶ。
(4).仮名の分化
1千字近くあった万葉仮名の内、比較的画数が少なく書き易い字の使用頻度が上がり、平安時代後期には約3百となる。
また、字数の淘汰と並行して字体の簡略化も進み、一方では、万葉仮名(※「男手(おのこで)」とも呼ばれる)を崩して、草(そう)仮名から女手(おんなで)(※平仮名に相当)に発達し、他方で、主として漢字の一部を用いて片仮名が出来た(例えば、「加」→「カ」)。
ちなみに、「仮名」の名の由来は、漢字が正式の文字という意味で「まな(真字・真名)」と呼ばれたのに対し、略式の文字という意味で「かりな(仮字・仮名)」と呼ばれたことによる。その「かりな」が「かんな」に転じ「かな」となった。
(5).仮名の画一化
鎌倉時代から江戸時代にかけて、書流(書道の流派)の出現によって、仮名の字形が画一的なものになり、加えて、江戸時代の出版の隆盛が仮名の統一を促す。
(6).平仮名・片仮名の制定
明治33年、それまで数種類あった仮名の内、義務教育で扱う平仮名と片仮名の字種・字体が定められ、それが今日に至る。
ちなみに、この時、選定から漏れた仮名は「変体仮名」と呼ばれる。この「変体仮名」は、義務教育で習うことはないが、店の看板や商品の包装等で使用されていることがある。
例えば、うなぎ屋の看板に次のような文字が使われていることがあるが、真ん中の字は「変体仮名」の「な」である。
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以上が、現在、我々が使用している平仮名・片仮名が成立した経緯である。
そして、平仮名・片仮名がどの漢字から、どのような変遷を経て、現在の字体になったのかも分かっている。最初に引用した、ヘブライ文字と日本語の仮名の類似の表にあげられている仮名を示せば以下の通りである。
<「漢字→仮名」の変遷>
※「サ」は、「散」の左上の三画が用いられた。
もちろん、これは、ヨセフ・アイデルバーグのように日本語の仮名と漢字を突き合わせ、似た音と形のものを探して作成されたものではない。
過去の文献等に使用されている文字を調べた結果、実際に、該当の漢字そのものが使用されている時期があり、それが、時代と共に簡略化され、ある文字は、漢字の一部のみが使用されるようになり、また、ある文字は徐々に単純化されて行ったことが分かったのである。
もう一度、最初に引用した、ヘブライ文字と仮名の類似の表を掲載しよう。
『日本書紀と日本語のユダヤ起源』 (ヨセフ・アイデルバーグ/徳間書店/2005) P.87
果たして、日本語の仮名は、その全てが漢字を起源とするものであろうか、それとも、少なくとも一部はヘブライ文字を起源に持っているのだろうか。
その答えは明らかであろう。
きちんとした物証に裏付けされて、はっきりと「漢字を起源とする」と分かっているものに対して、「一部の文字の音と形が似ている」等という程度の根拠で、「仮名の起源はヘブライ文字だ」という主張が通るはずもないのである。
結局、ヨセフ・アイデルバーグが主張したヘブライ文字と仮名の類似は、ただの偶然にしか過ぎない。
もしそうでなければ、上記に記載した<「漢字→仮名」の変遷>の方が偶然であることなってしまうが、そんなことはありえないであろう。
<参考>上述の<仮名成立の歴史>、及び、<「漢字→仮名」の変遷>については、以下の書籍を参考にした。
『図説 かなの成り立ち事典』 (森岡隆/教育出版/2006)
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2013.9.24新規 |
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