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偽モノの見分け方(その2)
※当記事は(その1)からの続き


 当記事では、(その1)に引き続き、偽モノ教祖の具体例を見て行きたい。


3.偽モノ教祖の矛盾した行動例(伊勢白山道氏のケース)

 伊勢白山道氏は、ネットのみで活動し、団体を作ったり、講演会をしたりしない教祖であり(書籍は出しているが)、「感謝想起」を広める為の「人類の5%運動」なるものを実施したりしている。

 まずは、彼の、素晴らしく見える発言の一部を見てみよう。
発言内容 発言箇所
<感謝関連>
 感謝行を広める使命を果たすために正神界から転生してきた 著書『内在神への道』P.10
アタリマエなことや、今あって当然なことを奇跡で既に与えられていることに気づき、感謝を意識的にする人間が、日本人の5%を超えると……未来が変わると考えているからです。 著書『内在神への道』P.13
ただ、苦しいことは早く消化させ、良いことを持続させる秘訣はあります。それは「感謝する心」を持つことです。困難には「感謝」で向き合い、幸福には「感謝」しながら味わう。人間は、不幸を感じて始めて、普通だった時の有り難さが判る生き物です。では、普通の状態の時から「感謝」できていれば……不幸は来難いことは確かです。 著書『内在神への道』P.31
<内在神関連>
 A人間は外の神より、自身が預かる、心にいる神を大事に育てることが最重要であること。 著書『内在神への道』P.16
内在神も自覚できないで、どうして他人や世界のことを願えるでしょうか?自分自身が目覚めていないのに、神や世界のお節介をすることができますか?自分自身を生かしきっていないのに世の為どころか世間のお荷物にならないことが精一杯です。 著書『内在神への道』P.33
 ただ、内在神にはウソも隠し事も出来ないのです。
 一番に畏れるべきは、自分の良心(内在神)なのです。他人など一切関係ありません。
ブログ本文
(2012-04-11)
 ただし、すでに心の良心(内在神)の重要性に気付いている人、知っている人からはより心の安心と環境の安定が深まります。
 要は、どんな善悪の体験をしようが大丈夫です。ただし、最後には2番を自分で選択することが条件なのです。

 多くの人類が、自分の良心を優先し始めますと、素晴らしい世界が到来します
ブログ本文
(2012-03-18)
 自分の良心に沿った生き方が大切に成ります。
 だから、他人が見ていようが、何を言われようが、他人の功罪も関係無いのです。
 人類は、自分自身の良心と向き合います。ウソや誤魔化しが通じないのです
ブログ本文
(2011-04-21)
<その他>
 私への思いを持った故人が居られれば、会ったことも無い読者であろうと、外国の方であろうと、すべてを癒して上げたいと常に思っていますから、3本目の線香で誰でも歓迎しております。 ブログ本文
(2012-08-11)
 また、思いの心境が違いますと、むやみに怒らずに静観することも可能です
 3歳児がパンチしてきましても、本気で怒る大人ではいけません。
ブログ本文
(2012-06-11)
 このような、自分がした行動に対して責任感が無い人が増えています。まるで他人のせいにでもしたいような、自己逃避が始まっています。 ブログ本文
(2012-06-29)
 鏡・カガミが曇っていれば、自分の顔はよく映らない・見えないものです。
 これと同じで、
もし自分の心が曇っていれば、物事を正しく見ることも考えることも出来ないでしょう
ブログ本文
(2012-05-21)
 そして、それが自我(我良し)の産物だと良心が判断すれば、捨ててしまうことです。
 自分の自我を守る物事を放棄しますと楽なものです。悪口を言われても、
「雨ふらば降れ 風ふかば吹け」(by一休) 「アホに成れ」(by黒住宗忠)
と思い、たんたんと自分が生活するための仕事をすることです。
ブログ本文
(2011-03-08)
 正神界から転生してきたらしい伊勢白山道氏は、感謝を広め、また、一人一人の心の中に存在する内在神に人々を目覚めさせることで世の中を変えて行こうとする。

 そして、困難にさえも「感謝」で向き合えと主張し、一方、内在神にはウソも隠し事も出来ないので、良心(内在神)をこそ一番畏れるべきだと言う。

 また、彼は、彼への思いを持った故人がいれば、すべてを癒してあげたいと常に思っている、深く広い慈愛を持った人物であり、さらには、責任感を持つこと、心の曇りを晴らして物事を正しく見ること、また、自我を守ることを放棄すること等を勧める。


 これらの言葉だけを見ていれば、彼は、大そう立派な人格者のように見えることだろう。

 それでは、これらと矛盾する彼の行動を見てみよう。
※行動内容の詳細は、「詳細」のリンク先の記事を参照
項番 行 動 内 容 詳細記事へ
のリンク
@  とある事件の犯人像についての霊視結果を掲載するも、後日、それが誤りであることが判明。
 最初は、誤りを認める旨の発言をしていたが、後になって、間違ってないと開き直る。しかも、該当文章は削除しないと言っていたにも関わらず、後でこっそり削除。
詳細
A  自分自身が

「人類を縛る偽物の宗教組織から人々を解放する役目を果たす為に私は生まれて来ました」
「私の場合は、ある目的(5%運動)のために、幽界の眷属113柱と共に、転生しました」


などと言っているにも関わらず、

「精神世界に関心が有る人間が、人生に迷い正しい道を誤る考え方の一つに、『自分には神様の御役目が在る!』と思い込む事です」

などと言い出す始末。
詳細
B  「正しい存在は、耳を使いません」と言っているにも関わらず、信者から、伊勢白山道氏の本を買いなさいという声が耳元で聞こえたと相談を受ければ、「問題ないです」と回答するご都合主義っぷり。 詳細
C  信者の一人が不特定多数に出したであろう伊勢白山道氏への勧誘メールに対して、「伊勢白山道を読んだことも無い人間のしわざです」と自分も信者も無関係だと責任逃れの為の主張をし、メールを出した者を完全に切り捨てた上で、「社会的な制裁を受けることでしょう」と恫喝。 詳細
D  アフィリエイト等で収益を上げていることに疑問を持った信者に対して、「おたがいに地獄の閻魔大王に判断してもらいましょう」などと、まるでケンカ腰の対応。
 さらに、そのような態度に対して信者から疑問が向けられると、反省の意を見せるどころか、今度は、
「むしろ批判者には、信じてくれるなと言いたい」と開き直り。
詳細
E  かつて、HAARPから日本に人工磁気が照射されていると主張し、「やらせはせん」と自分自身がその照射と戦っているそぶりを見せていたにも関わらず、約2年後には、のうのうと、陰謀論のHAARPを否定。 詳細
F  伊勢神宮にある傘付き電球を「未来人のUFO」と霊視し、誤りを指摘されると、こっそり該当コメントを削除。 詳細
 もはや、解説するまでもなく、正神界から転生してきた人物どころか、立派な大人でさえないことが分かるであろう。
○はずした霊視を、こっそり削除する姑息さ(@、F)。

○自分の言っていることを自分自身で批判し出すという、自分のやってることが如何に見えていないかを示す事例(A)。

○自分に害が及びそうになると、自分は無関係だと主張して、該当信者の切捨てを計る自己保身っぷり(C)。

○自分に疑問を向けられると、「感謝」などとは程遠いケンカ腰の態度で対応し、さらに、その態度に疑問を向けられても、自分を戒めるどころか、逆に開き直る(D)。
 これが、上辺の美辞麗句を取り除いた後の、彼の本当の姿である

 自尊心が高く、自分の自尊心が少しでも傷つけられそうになると、「むやみに怒らずに静観すること」など出来ない。

 また、彼は、「内在神にはウソも隠し事も出来ないのです。一番に畏れるべきは、自分の良心(内在神)なのです」などとも言っているが、はずした霊視をこっそり削除して隠蔽しようとする彼の行動を見れば分かる通り、言っている本人が内在神(良心)など畏れてはいないのである。

 さらに言えば、彼は、自分に霊視能力があると主張して、超古代史やあの世の構造、有名人の前世等を霊視したりしているが、当HPでさんざんツッコんで来た通り、彼にそんな能力が無いことは明らかである。
※彼のデタラメ霊視の数々については、以下のページを参照願いたい
○「伊勢白山道様にツッコミ!
 よくもまあ、「もし自分の心が曇っていれば、物事を正しく見ることも考えることも出来ないでしょう」などと言えたものである。
 心が曇って自分のことを正しく見えないからこそ、「正神界から転生してきた」、「霊視能力がある」などと勘違いをし、また、分不相応にも、他人や世を導こうとし出したり出来るのである。


 以上は、(その1)で述べた、上辺だけの、自分が実行できもしない美辞麗句を発することによって自己満足し、自分と他人を騙している分かり易い例であると言えよう。




4.欲にまみれた偽モノ教祖

 先に2ケースほど、偽モノ教祖の例を見て来たが、両者に共通することは、
「欲にまみれている」と言うことである。言い変えれば、「エゴが強い」、「自尊心が強い」と言ってもいいし、単に「自己チュー」と言ってもいいだろう。

 例えば、両者とも、自分に優れた霊視能力があると主張し、自らの霊視結果を書籍等で発表したりしているが、当HPでさんざんツッコんで来た通り、彼らに、そんな能力が無いことは明らかである
※彼らのデタラメ霊視の数々については、以下のページを参照願いたい
○「大川隆法様にツッコミ!
○「伊勢白山道様にツッコミ!
 本来なら、自分に霊視能力が無いことなど、自分自身が一番に分かって然るべきであろう。それが出来ないのは、彼らが例えば、
○自分が、特別な能力が備わった特別な人間であると思いたい
○自分が、歴史上の偉人・聖人のように偉大な人物であると思いたい
○人々の注目を浴びたい、称賛を浴びたい

などと言ったでまみれていて、自分自身のことを客観的に見ることが出来ないからなのである。

 より具体的に言えば、彼らは、霊視能力など無いにも関わらず、下記のような事柄を過大に評価し、

   ○偶然で当たったに過ぎないこと
   ○事前に与えられた情報で推理可能だったに過ぎないこと
   ○漠然とした霊視結果で、どうとでも解釈可能なもの
   ○最終的に、当たったか外れたか分からない霊視(→当たったと考える)

「自分はあれも当てることも出来た。これも当てることが出来た。やっぱり、霊視能力がある!」と自分勝手な勘違いをして自己満足する。
 一方で、圧倒的に数が多い、外した霊視結果については無視するか、ワケの分からない理由をつけて過小評価する。

 それもこれも、上記のようなで、
自分の能力を自分の都合の良いように歪めて見ているからなのである。

 はっきり言って、彼らのような偽モノ教祖は、「霊能者」という看板を引っ提げて人々を導こうとし出した時点で、既に、にまみれた偽モノなのだと言えよう。

 そして、彼らは、スタート時点でそうなのだから、公に活動し出した後も、当然ながらにまみれている。
「自分が、特別な能力が備わった特別な人間であると思いたい」というから、超古代史やあの世の構造等の霊視結果を示して、他の人に視えないものが視えているフリをする。また、他の霊能者たちの霊視結果を否定したり、誤りをただしたりして、自分の優位性を示したがる。さらには、高次元の神とコンタクトしているようなフリもする(注1)。

「自分が、歴史上の偉人・聖人のように偉大な人物であると思いたい」というから、高尚っぽく、素晴らしいっぽい教えを説き、一時的には行動を伴っているフリもしてみせる。

「人々の注目を浴びたい、称賛を浴びたい」というから上記2例のようなことをするし、また、自分の人としての大きさ・寛容さを見せる為に、一時的に他の道でもOKと主張することもあっても、結局は、自分の教えこそが最高の教えであり、もはや、自分の教えに従うしか選択肢が無いと思わせるように誘導する自分が一番で、かつ、自分が中心にいたいのである)。

○霊視結果を外したという事実は、上記のようなの実現を妨げることになるので、無かったことにして隠蔽する(注2)。


(注1)彼らは上述の通り、目がで曇って物事を客観的に判断できないので、彼ら自身は「フリ」ではなく、本当に視えたり、コンタクトできていると思っているはずである。もし、そうで無ければ、ただの詐欺師である。

(注2)伊勢白山道氏については先述の通り。大川隆法氏については記事「『未来予言』にツッコミ!(その2)」を参照。
 彼らの行動は、一見、人の為、世の為にやっているように見えても、その根底にあるのは自分のであり、結局は、自分の為にやっているに過ぎない。

 だからこそ、自分が唱える教えに、自分自身が従っていないという矛盾を露呈し、一方で、彼らの全体の言動を見渡して分析してみれば、
自分の欲に従って首尾一貫した行動をしていることが見えてくるのである。


 そして、このようなにまみれている彼らは、当然、
自尊心が異常に強い。自分の自尊心が傷つけられることに敏感であり、また、自分の自尊心を守ることに執着していると言ってもいいだろう。

 例えば、大川隆法氏の場合では、(その1)で記載したように、相手がかつての自分の妻であっても、自分の敵に回って批判してくるのであれば、以下のような、もはや批判された内容とは全く関係のない下品で幼稚な悪口で相手の人格そのものを否定し、貶めなければ気が済まない。

  「あまりの汚さで、ゴキブリ館のような所」
  「一ヵ月間洗っていない下着の山がある」
  「便器カバーの裏側にびっしりと跳ね返りが付いている」
  「かなり口臭の激しい人だった」「もう、倒れそうになるぐらい臭った」


 また、伊勢白山道氏の場合でも、先に記載したように、アフィリエイト等で収益を上げていることに疑問を持った信者に対して、「おたがいに地獄の閻魔大王に判断してもらいましょう」などと、自分が推奨しているはずの「感謝」とは程遠い、まるでケンカ腰の対応をする。
 放っておけば、他の信者たちが寄ってたかって収益の行き先を説明してくれて終わりのはずなのであるが、自尊心が高い彼は、相手を攻撃しなければ気が済まないのである。


 以上、彼らは聖人でも人格者でもない。執着にまみれた
俗人なのである。

 そして、
ただ一つ、彼らが特別だと言える点は、視えもしないものを視えると主張し、あまつさえ、救世主だと宣言したり(大川隆法氏)、正神界から転生してきたと主張したり(伊勢白山道氏)出来てしまう程、通常ではありえない程にまでで曇って、かつ、自分を客観視など出来ない目であると言えよう。





 以上、偽モノ教祖の実例を見て来たが、次に、そのような教祖を信じる信者についても少し見ておきたい。


 ※(その3)へ続く


2012.8.28新規

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