悟りと魔境(その12)
(その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)(その7)(その8)(その9)(その10)(その11)からの続き


 当記事では、魔境へと至るケースで瞑想・修行以外のものを見て行きたい。

 なお、(その11)で記載した内容、特に、
「霊能力は、魔境とほぼ同じもの」という考察を前提とし、以下では主に霊能力の開花について述べる



6.魔境へと至る瞑想・修行以外のケース

(1).苦労・辛酸を舐めた末

 厳しい生活環境で非常な苦労をし、辛酸を舐めた後で霊能力に目覚める場合である。
 これは、生活の為に身体を限界を超えて酷使し、かつ、精神を擦り減らすことが、苦行と同じ効果をもたらした為ではないかと思われる。

 明治に発祥した大本教の開祖、出口なおがそのケースで、浪費家の夫と11人の子供をもうけ、金銭面で大変苦労するだけでなく、長女や三女が一時的に発狂したり、長男が自殺未遂の後失踪したりするなど、子供を巡っても苦労を重ねることになる。

 そんな中、出口なおは、1892年1月30日(旧暦の正月)56才の時に、「艮の金神、元の国常立尊」と宣言する神と出会う霊夢を見、同2月3日に本格的に「艮(うしとら)の金神」が神懸かりすることになった。
<参考>
○Wikipedia(出口なお
 なお、このようなケースでは、神懸かりの後、それまでの苦労が、「神の役に立てる為」等と正当化されることが多い。


(2).病気の後

 
「病気を患った後、霊能力が開花した」という話もよくあるものである。
 こちらも
、病気自体、もしくは、闘病生活が、苦行と同じ効果をもたらした為ではないかと思われる。

 以前、インフルエンザ薬のタミフルと異常行動との関連が話題になったことがあったが、薬の服用の有無に係らずインフルエンザの罹患で次のような異常行動が起きることがあるとされている。
・突然立ち上がって部屋から出ようとする。
・興奮状態となり、手を広げて部屋を駆け回り、意味のわからないことを言う。
・興奮して窓を開けてベランダに出ようとする。
・自宅から出て外を歩いていて、話しかけても反応しない。
・人に襲われる感覚を覚え、外に飛び出す。
・変なことを言い出し、泣きながら部屋の中を動き回る。
・突然笑い出し、階段を駆け上がろうとする。


<参考>厚生労働省HP 「インフルエンザQ&A」 (Q14)
 御覧の通り、麻薬を使用してラリった時の症状に似ている。また、厚生労働省の『インフルエンザ罹患に伴う異常行動研究』によると、このような異常行動が見られたのは1才〜17才までで平均は9才前後(P.36)。成人には見られず、脳が成長中の時にのみ起きるようである。

 
「インフルエンザを患った後、霊能力が開花した」という話は聞いたことがないが、このような現象も、病気回復後に霊能力者になるケースと関連があると思われる。


 なお、該当ケースでは例えば、下ヨシ子がいる。下ヨシ子はもともと、幼い頃より予知能力を発揮していたらしいが、44才の時に原因不明の高熱を発して「六字明王」に出会い、霊能力を開眼したという。
<参考>
『図解雑学 下ヨシ子の死後の世界』 (下ヨシ子/ナツメ社/2008) 著者略歴


(3).脳が関係する事故の後

 交通事故等で頭を打ち、その後、霊能力が開眼したというケース。
 このケースでは、
頭に強い衝撃を受けることによって、脳が正常でない働きをするようになってしまった為ではないかと思われる。

 当HPでツッコミを入れているスピリチュアル女子大生CHIEがこのケースにあたり、14歳の時に交通事故の後遺症で記憶喪失を患ってから、人のオーラや亡くなった人の霊が視えるようになったという。
<参考>
○「Watanabe Entertainment HP」 → 「アーティスト」 → 「女性タレント」 → 「CHIE
○Wikipedia「CHIE


(4).先天的に

 「物心がついた時には霊やオーラ等が視えていた」という場合で、生まれながらの霊能力者のケースである。
 このケースでは、
先天的に脳の夢を見る機能が正常に働いていない、つまり、覚醒時にも脳の夢を見る機能が働いているのではないかと思われる。

 ただ、子供の頃に霊などが視えていても、
「成長して視えなくなった」という話もよく聞くものであり、そのことに対してスピ系やオカルト系の書籍等ではよく、「成長するに従って偏見や固定観念を身に付けて、純粋な心を失ったから」等と否定的な説明がなされることが多い。

 実際のところ、成長して霊などが視えなくなる理由について、管理人は次の2つのケースがあるのではないかと考えている。

@.成長するに従って自然と治った

 
「目が覚めているにも係らず、脳の夢が見る機能が働いている」という正常でない状態が、成長するにつれて自然と修正された場合。

 なお、先述通り、インフルエンザ罹患に伴う異常行動は、未成年の場合(データでは17才以下)にのみ発生するようである。おそらく、
成長期の脳というものは、成長しきった脳よりも幻覚を見やすい特徴を持っていると思われる。


A.視えていることが無益、もしくは有害だと認識した為

 (その2)で魔境の体験として玄侑宗久氏のものを紹介したが、その玄侑氏は次のよう述べている。
『禅と脳』(有田秀穂・玄侑宗久/大和書房/2005.5) P.198
有田 それはやっぱり、時々出てくるんでしょ? (※管理人注:魔境が)

玄侑 出てきます。でも、
慣れてくると、不思議にあまり出なくなります。坐禅をはじめたばかりで、一生懸命やりはじめた時にそれは盛んに出てきます。
 このように、魔境という幻覚は、慣れればあまり出てこなくなるようである。

 これは、
禅の世界で魔境というものを否定しているところが大きいのではないかと思われる。

 
否定すれば出て来なくなり、逆に、「素晴らしい真実の体験だ!」と思い込んでその体験を求め続けると、魔境が出続けることになるのではないだろうか。(ただ、それでも玄侑氏に時々、魔境が出てくるのは、禅定が脳のそのような状態を引き出す行為であるからであろう。)

 それは、例えば、子供の頃弾けたピアノが、ピアノが好きでなく練習をやめてしまった場合、大人になってピアノを全く弾けなくなるのと同じで、
霊などが視えるという能力もその能力を使用しないでいれば、使用できなくなるのではないかと思われる。

 そして、具体的には、例えば、次のような理由で霊などが視える能力を使用しなくなり、その能力が無くなって行く場合があるであろう。
○友達がいなくて妖精等の幻覚と遊んでいたのが、友達ができて幻覚が不要になった場合。
○霊などが視えることによってイジメを受け、視えること自体に嫌悪感を感じるようになった場合。
○視える霊などに恐怖を感じている場合。
 このように、霊などが視えることが無益、もしくは有害だと認識すると、意識してその能力を使用しなくなり、それとともに、その能力も無くなっていくものではないかと思われる。

 そもそも、
成長期の脳というものは、その成長が、感情や思いによって大きく影響を受けるものである。例えば、虐待を受けた子供は、次のように脳の成長に悪影響を及ぼすことがあるようである。
○母親から暴言を浴びせられ続けた子供の脳は、聴覚を司る部分が異常に変形。
性的虐待を受けた子供や両親の家庭内暴力を目撃した子供の脳は、視覚を司る脳の容積が減少。

<参考> 読売新聞2014.9.23 「医療ルネサンスNo5907 いま虐待の現場で 4/6」
 このように、暴言に対しては聴覚が、暴力を目撃すれば視覚の成長に悪影響を及ぼすことがあるのである。
 それは、
「聞きたくない!」と思えば聞こえなくなる方向へ、また、「見たくない!」と思えば見えなくなる方向へと成長を阻害するようになるということである。

 同じように、霊などが視える能力も、
「視たくない!」と強く思えば、視えなくなる方向へと脳が成長していくことになるであろう。


 なお、
「物心がついてから大人になっても視え続けている」という人もいるが、おそらく、上の例とは逆で、視えることを必要なもの、有益なものとして、その能力を使い続けた結果ではないかと思われる。
○霊などが視えることを親等の周りの人に告げることによって注目を集め、また、神童扱いされたりして、視えることが自分のアイデンティティになってしまった場合。
○霊などが視えることによってイジメを受けて友達がいなくなり、妖精等の幻覚と遊ぶようになったり、心のより所となってしまった場合。
 ケース・バイ・ケースで一概に分類することも出来ないだろうが、およそ、このようなところであろう。


 ちなみに、「物心がついてから大人になっても視え続けている」という人の例としては宜保愛子がいる。宜保愛子は、6歳頃に自分の中の霊能力を自覚したらしい(※ただし、宜保愛子の霊能力については、4才の時に右目が失明寸前になったことや、右耳の聴力を失っていることが関係しているようだが)。
<参考>
○Wikipedia(宜保愛子




 以上、長くなったので一旦ここで切って、(その13)では、魔境や霊能力と同種のものとして、臨死体験というものにも言及しておきたい。



2014.11.11新規

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