悟りと魔境(その14)
(その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)(その7)(その8)(その9)(その10)(その11)(その12)(その13)からの続き


7.魔境を魔境だと気付けない人に不足しているもの


 (その1)で見た通り、魔境
中途半端に能力を覚醒した状態であり、エゴの肥大化をもたらすものである。
 そして、禅の世界では、修行の過程においてそのようなものがあることをとっくの昔に認識し、かつ、否定しているものである。

 悟りを目指して修行をして魔境に入っても、欲望がなくなったり、物事に動じなくなったりするわけでもなく、ましてや全知全能になれるわけでもない。

 事前に魔境というものを知らなくてもそれに気付いて良さそうなものであるが、これまで見てきた魔境に入った人達の例のように、魔境と気づかずに
「悟った!」「解脱した!」と勘違いして増長し、エゴを肥大化させてしまう人も少なくないものである。

 何故、そのような人達は、魔境魔境だと気付けないのだろうか。

 答えは簡単である。それは、
瞑想といった修行に特化し過ぎているからである。


 悟りに至る為の手法は、はるか昔に、元祖悟った人である釈迦が提示してくれている。八正道である。

 
八正道は、自身をコントロールして苦しみの原因を取り除き、悟りを開く為の実践的方法であり、次のように8つの修行法からなる。
八正道 内容
@正見 正しい見解 偏見や固定観念に執着せず、縁起の理を見極める。
A正思惟 正しい考え 真実をありのままに正しく考える。
B正語 正しい言葉 嘘、悪口、間違ったこと、飾った言葉などを言わない。
C正業 正しい行い 無益な殺生や盗み、よこしまなことを避け、正しい行為をする。
D正命 正しい生活 善行に努め、悪行をしない規則正しい生活を送る。
E正精進 正しい努力 悟りに向かって、怠ることなく偏りのない努力をする。
F正念 正しい記憶 自分自身の身体やまわりの物事について、正しい知識を留め忘れない。
G正定 正しい注意 正しい瞑想、禅定。一挙手一投足に常に心を集中し、平静に行動する。
(参考)
 上記内容は、『もう一度学びたい ブッダの教え』(田上太秀(監修)/西東社)(P.136-137)を参考にしたが、微妙に異なる説明がなされることもある。

 例えば、日蓮宗での説明「苦しみのメカニズムとその克服方法とは?」(HP「日蓮宗」→「教え」→「お釈迦さまの教え」→「第三章」)では、正念は「正しい意識・思いを持つこと」となっている。
 詳細な説明を確認すれば、結局は似た話になって行くのだろうが、参考まで。

 また、同様の表は、記事「反省できない人たち(その5)」にも掲示したが、G正定については、コトバンク「正定」などをもとに若干、修正した。
 瞑想といった修行は、この中ではG正定に当たる。

 既にお分かりだと思うが、
瞑想は八正道が定める8つの修行の内の一つに過ぎないのである。

 そして、他の修行をおろそかにし、
安易に力を求めて瞑想に特化して修行をするから、魔境に入っても魔境だと気付けない。さらには、エゴを肥大化させて、逆に悟りからは遠のいて転落して行くことになってしまうのである。


 そのような人たちに特に足りない修行は、@正見A正思惟である。

 @正見は、情報処理で言えば、データのインプットである。これが間違っていたり、歪んだ情報であれば、後の処理は全て誤ったものとなってしまう。基本中の基本だと言えよう。

 例えば、Aさんは犯人じゃないのに、犯人だという情報を受け入れてしまったとする。

 そして、そう思い込んだまま、Aさんを諭そうとして
「私は罪を憎んで人を憎みません。大切なのは今後です」などと真に相手の為を思って言ったとしても、見当違いもはなはだしく、むしろ反発を招いてしまうことになるだろう。そういうことである。

 本来、入力されたデータがおかしなものであれば、最初のチェックでエラーにして弾き飛ばさなければならない。しかし、@正見ができないと、それを普通のデータとして受け入れて処理してしまい、おかしな結果をもたらすことなってしまうのである。


 このような@正見は基本中の基本だと言えるものだが、非常に難しいものでもある。

 ウソの情報や歪曲された情報を真実だとして受け取ってしまう場合もあるだろう。仮に、ウソ等を見抜く力を磨いていったとしても、全てのウソを完璧に見抜くことは不可能に近い。

 また、脳の機能として、見たものを歪めて捉えてしまう場合もあるし(*)、先入観や欲で歪めてしまう場合もある。
(*)
 例えば、黒い点が3つ、逆三角形の頂点の位置に並んでいれば、それぞれ、両目と口として顔のように認識してしまう場合。心霊写真と言われるものに多く見られる。

   


 特に、先入観や欲で歪めてしまうケースでは、「正しく見ること」は非常に困難である。如何に、先入観や欲を排して、ありのままに物事を見ようと努力し、かつ、その力をある程度は身に付けることが出来ても、やはり、歪めて見てしまうことはあるものである。

 そして、物事を正しく見る力、言い方を変えれば、客観的に物事を見る力を磨いてより洗練されたものにして行きながら、それでも、誤って見てしまったものを日々修正して行く修行が@正見なのである。


 続いて、A正思惟である。

 厳密に言えば、先入観や欲で物事を歪めて捉えてしまうことは@正見A正思惟で重なっているが、A正思惟では、主に、
「考えること」、特に、「正誤の判断」について述べたい。

 何を正しいと考え、何を誤っていると判断するか。これが出来ない人というのは、総じて
根拠と結論のバランスがおかしい。具体的には、次のようなケースがある。

  
○根拠にならないものを根拠にする
  ○自分の結論に反する根拠を無視する
  ○十分な根拠がないにも係らず断定する


 インチキ宗教に騙されている信者たちが良い例で、
「自分たちは救済される」と信じて疑わないが、本当は、どこにもそれを証明するものなどないのだ。

 例えば、教祖がそう言っているからと言って、
「教祖の言うことは正しい」という根拠はない。また、「教祖が神からそう聞いた」と言っているとしても、「その教祖が本当に神と会話できている」という根拠も、「その神とされている存在が言うことは正しい」という根拠もない。

 
「自分たちは救済される」という結論は、せいぜい、おそろしく脆弱な根拠に支えられているに過ぎないのだが、信者たちはその結論をおそろしく強固に信じている。

 根拠と結論のバランスがおかしいのである。


 ただ、一口に
「根拠と結論のバランス」と言っても、これを身に付けるのも非常に難しい。

 どのような根拠なら、根拠として成立しているのか、また、どれだけの根拠がそろったなら、そこから導かれた結論を断定するに値するのか。

 こういうことが分かっていない人が多く、だからこそ、インチキ宗教やインチキ霊能者、インチキ主義・主張が現在の社会で蔓延することになっている。


 
根拠になっていない根拠を見分ける力、また、根拠と結論のバランスの良し悪しを見抜く力を磨き、練磨し続けて行くことがA正思惟の根底にあるものなのである。

 さらに、そこには、正誤の判断の前提となる知識も必要になってくる。

 それは豊富であればあるほど、判断の正確さを向上させることができるものであり、また、
「これだけの知識があれば、正誤の判断において、知識の面で誤りを犯すことはない」ということもないものである。

 よって、知識を身に付ける作業も、A正思惟に含まれる終わりのない修行だと言えるだろう。

 なお、当然ながら、A正思惟でも@正見で述べたのと同じく、欲や先入観で判断を歪めてしまわないようにする力も必要になっていく。


 このように、@正見A正思惟も、一生かけて磨き、練り上げて行くものである。

 しかし、人は、
「正しく物事を見ましょう」「正しく物事を考えましょう」と言われると、「はい、気をつけます」と答えて、出来ているつもりになって終わってしまうものである。

 魔境魔境だと気付けない人もそうだし、インチイ教祖やインチキ霊能者、そして、そのような人たちの信者も同様である。

 
実際に、@正見A正思惟を真剣にやってみようと思わないから、その難しさ、その道の果ての無い険しさが分からない。

 さらには、@正見A正思惟が出来ないから、
「自分は@正見A正思惟が出来ている!」と思い込んで自己満足する。自分自身を都合良く歪めて見た上で、歪めて判断するからである。




 以上、悟りを目指す目指さないに係らず、八正道、特に@正見A正思惟は、人がより良く人生を歩んで行く為に必須のものである。

  
物事を正しく見ることが出来なくて、いったいどんな人生を歩むつもりなのか。
  
物事を正しく考えることが出来なくて、いったいどんな人生を歩めるつもりでいるのか。

 勘違いしている人も多いと思うが、多くの物事を見れば見るほど@正見が身に付くわけでもないし、多くのことを考えれば考えるほどA正思惟が身に付くわけでもない。そんな単純なものではないのである。

 そして、そんな必須のものを身に付けようともせず、
「自分は身に付いている」「大人として恥ずかしくないレベルには身に付いている」などとタカをくくっていると、最悪の場合、これまで見てきたオウム真理教の例のように、悟ったつもりになっただけの教祖に騙されて自分自身も悟ったつもりになるが、実際は全くの逆。「社会に有害な存在に成り果てて、教祖に命じられるまま殺人を犯して死刑」なんてことにもなりかねないと言うことを良く良く肝に銘じておくべきだろう。




2014.11.25新規

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